第4話 悪魔と閃光①
「あわわわわ!!わ~~~!!!」
「せんぱ~い。もう少し落ち着いてくださいよ。邪魔ですから」
自分の背後で情けない声を上げながらむやみやたらに剣を振り回すジメドに呆れ、肩を落とすロバート。
混戦地に足を踏み入れた二人はロバートの先導の下、戦闘の中心部へじりじりと進んでいた。混乱を極め襲い来る傭兵や魔物達を支給品の剣で軽やかに切り伏せて行く『閃光』。切れ味など期待すべくもないなまくらであったがそれが幸いし、相手を殺傷する事無く打撃による気絶や骨折などの戦闘不能のみで済ませられていた。
ロバートの手際は実に美しかった。自ら仕掛ける事は無く、襲い掛かってきた者を薄紙のように柔らかく避け、最小限の動きで剣を急所に叩き込む。派手さは無かったがやられた側は自分が何をされたのかも分からず意識を失い、または激痛に悶えた。
「な、なんで味方同士で!こんな!」
「戦場ではよくある事っすよ」
今回の戦いは敵が一人しか居ない特殊な戦場である為、誰が敵味方か分からず混乱の結果の同士討ちという可能性は無い。戦争が終結し抑圧され続けたことに対する鬱憤と、レッドデビルにより伝染した恐怖がこの惨事を招いているのだろうとロバートは予想する。
「まぁ先輩は生き残ることに専念してください」
「言われなくてもそうしてるよぉ!」
恥も外聞も無く大粒の涙を流し,蟹股の姿勢でひたすら剣を振り回す姿ににロバートもつい吹き出してしまう。その最中、前方の騒ぎがより一層のものとなった事に気付いた。見れば、人が、肉が、弧を描くように宙を舞っているではないか。荒れ狂う人並みの中に目を凝らせばそこには巨大なメイスをまるで小枝のように振り回す悪魔の姿が。
「な、なにあれ……。めちゃくちゃだ……」
あまりに衝撃的な光景を前に理解の及ばぬジメドは手を止め、涙と鼻水塗れの顔で呆然と立ち竦む。それは周りで争っていた者達も同様であった。爆心地の周辺では皆が小競り合いの手を止め圧倒的な力を前に立ち尽くしている。そこには絶望と、そして仄かな憧憬があった。
「……悪魔、だ……」
誰かが呟いた。
黒き鎧は血に塗れ、彼の周囲は朱に染まり、彼の前に立つ者は人の形を保てない。
更なる恐怖が後続に伝播しつつある中、しかし男は嗤っていた。
「やっとか」
すっかり刃が欠け鉄くず寸前といった状態の剣を放り投げ、自身の腰に提げた剣の柄に指を掛ける。前方を見据えるその瞳には抑えきれぬ興奮が満ちていた。
「先輩、死にたくなかったらその辺でジッと隠れててくださいね」
「え?な、なに?いきな……」
ジメドは言葉を止めた。既に、後輩の姿は無かった。巻き起こる風が唸りを上げ全身を叩く。次の瞬間、金属のぶつかり合う甲高い音が戦場に響き渡った。
――――――――――
ジルの疲弊は無視できない領域にまで達していた。メイスを振るう度に身体ごと持っていかれそうになる。メイスを命中させる度に身体中の肉が悲鳴を上げる。しかし彼は止まらない。ただひたすら自分を阻む者を排除し続ける。
そんな屍の山を築き上げる男の瞳に映る、一瞬の煌めき。
「!?」
反射的に動いた身体。メイスの根本で受け止めたのは、白く輝く剣の切っ先。
「よう、相変わらずの暴れっぷりだな、ジル」
その男の風体は帝国の下級兵士。しかし、その嫌味なまでに整った顔、飄々とした声、そして自分のメイスと互角に競り合う名剣が、疑いようのない事実をジルに突き付けていた。
「……ロバート、か?」
「御名答。久々だな」
ロバートは刀身をメイスの柄に押し当て鍔迫り合いの形にもつれ込ませた。火花の散る中二人の足は止まる。
「お前……。何でここに?それにその恰好……。まさか、帝国に?」
かつて共に戦場を駆け、帝国との戦いに身を投じていた友の姿にジルの眉が痙攣する。柄を握る手に更なる力が籠り、ロバートの腰が沈んだ。
「へへ……。そのまさかだよっ!」
ロバートが瞬発的に力を籠めメイスを弾き飛ばすと、がら空きになった身体に容赦無く剣の連撃を叩き込む。メイスで防ごうとするジルであったがあまりの速さに全てを受け切れず、捨て身でメイスを振るおうにもその隙を与えられることなく雨のような刃の猛襲に防戦一方。
突如として現れた下級の兵士があのおぞましい悪魔を追い詰めている不可思議な光景に周囲は沸き立ち、遠巻きに見学していたソリアも仄かに目を見開いた。
「いいぞぉ!そのまま圧し切っちまえぇ!」
何処からか声が上がる。歓声も聞こえる。しかし、攻めている筈のロバートの首には嫌な汗が伝っていた。
(バカヤロ。押してはいるが、圧してはねぇ!)
確かにロバートは物理的にジルを押している。徐々に群衆の輪から離れ、一騎打ちの様相になるまでジルを押し込んでいる。しかし、彼に手応えは無かった。彼の持つ名剣『エクレル』の切っ先は悪魔の命にかすりもしていない。無論、本気で打ち込んでいるわけではないが、その圧倒的な硬さの前にロバートも武者震いを覚える。
「そうか……。まさかお前が俺の敵になるとはな。思ってもみなかったよ」
暫くは黙って受けに回っていたジルだったが、止むことの無い剣撃の雨を前にし、メイスを握る手に殺意を込める。所詮は傭兵。敵になるなら倒すのみ。心に刻んだ鉄の掟にジルは殉じようとしていた。
その刹那、ロバートが再びメイスに刀身を押し当ててきた。柄から伝わる念を押すような小刻みな圧力に、ジルもその意図を察する。
「よぉし……これで十分距離は取れたかな」
「お前……」
不意に向けられた無邪気な笑みにジルの緊張が微かに和らぐ。それは、彼がいつも自分に向けていた掛値の無い信頼の証であった。
「何だよ。俺が本気でお前の敵になったと思ってたのか?」
「あぁ。たった今本気でぶっ殺そうとしてた」
「……オイ!少しは俺を信用しろよ……」
もう少し手を止めるタイミングが遅かったら。そう考えただけで背中がじっとりと湿る。しかし、そうと分かれば二人は阿吽の呼吸であった。周囲に不自然に捉えられないよう時に激しく武器をぶつけ合い小競り合いを演出しながら会話を続ける。
「お前を手助けするようエルフのお嬢さんに頼まれた」
「どういうことだ」
「詳しい話をしてる暇は無いが、取り敢えず俺は味方だ。手を貸すぜ」
「だったら素直に手を貸せよ。何でこんなまどろっこしい事を」
「お前を休ませて、落ち着かせる為だ。あんな頭が湯立った状態でデアナイトや他のヤバそうな奴と戦っても勝てる筈が無いだろ。先ずは冷静になって息を整えろ」
「落ち着いていられるか。冷静でいられるか。セラが何をされているか分からないんだぞ」
「頭ぶっ飛ばして勝てる相手かよ。相手はあのデアナイトに加えて得体の知れねぇ化け物、更には帝国の皇子二人だ。普通にやりあったとしても勝てねぇぞ。相手が悪すぎる」
「いざとなれば、神にでも祈るさ」
「だから落ち着けって。彼女は無事だ。取り敢えずあの変態皇子が好むような事は何もされちゃいないから安心しろよ」
「……何故そう言い切れる」
「彼女が言ってたのさ。お前がここに来るほんの少し前にな」
嘘だ。セラはそんなことは明言していない。が、兎に角今はジルを落ち着かせるのが最優先でありその為ならば嘘の一つや二つ軽いものであった。そしてそれは思った以上に効果が有り、ジルの手に籠る力が和らいでいく。彼の頭の中を支配していた業火が収まりつつあった。
「後は匂いだな」
「匂い?」
「穢れを知らぬ麗しい女性の香りがしたからな」
「………………」
メイスの圧が強くなる。
「先にお前を駆除した方が良さそうだな」
「わ!わ!待て待て!冗談だって!」
慌てて飛び退くロバート。ジルは鎧の下で静かに笑みを浮かべていた。懐かしく、頼もしく、お調子者で、以前と何も変わらない仲間がこの窮地に現れてくれた。その事実が堪らなく嬉しく、そして勇気付けられた。
「その髪、どうした?」
「ん?あぁ、色々あってな。ま、どうせすぐ元の色に戻るさ」
「そうか。……正直、助かったよ。来てくれてありがとう」
「そりゃよかった。身体の方はどうだ?」
「今ので少しは休めた。もう十分戦える」
最早隠す気の無い親し気なやり取りに、周りで見ていた戦士達も違和に気付き始める。そんな弛緩した空気の中、突如として響く怒涛。
『バアァァァァ!!!』
まだ意識があった一体のギガースがロバートもろともジルを叩き潰そうと怒り任せに棍棒を振り下ろした。しかし二人はそれを難無く躱し大地を蹴ると、ジルは額にメイスを叩き込み、ロバートは太い喉を深々と切り裂いた。ギガースは夥しい血を撒き散らしながら棍棒で巻き上げた砂煙の中に沈む。
何が起きたのか頭が追い付かないギャラリーの前に降り立つ両雄。
「それじゃ、いっちょやりますか」
「だな」
指を鳴らすロバートとメイスを両手で握り直すジル。
二人並んで見上げる先は諸悪の根源。
ソリアはそんな光景を前に、実に醜悪な笑みを浮かべていた。
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