第5話 祟り神の城

 作りに凝った豪奢ごうしゃな建造物だ。

 外見は粗末な作りながら、その実内部は上等の建材と、職人の技巧が凝らされた大名屋敷そのものである。この屋敷の内部は、青海城の奥御殿を精巧に模して作られているらしい。

 は奇妙公の屋敷に召されていた。


 ――恐れられたものだ。


 屋敷の主、奇妙公は現藩主の伯父であり、前藩主の兄に当たる人物である。長子相続の原則に従えば、青海藩主となっていておかしくない血の序列の持ち主だ。前藩主に腹違い兄弟どちらを据えるか、当時の姻戚いんせきに当たる大藩の意向が働いたと言われているが、昔の話のことで真相は分からない。ただ、その意思も能力もある兄を差し置いて弟が青海藩十二万石の当主となった事実と、覆い隠すことのできないが藩内に残された。


 青海山中に建つこの屋敷も、そのから噴出した吹出物ふきでもののひとつである。奇妙公の鬱屈と怒りを慰めるため、家臣や領民たちの一部が建設し、時の藩主と側近たちがそのから見て見ぬ振りをしてきた奇妙公の『城』である。


 ――さながら祟りを成す神様に捧げられた供物くもつだな。


 上方の名のある意匠家によるものと分かる襖絵ふすまえ欄間らんまの造作を見ながら板野は考える。さて、今度はそのがなにを言い出すことやら。


 奥へ続く廊下をゆくと、逆に奥の方からこちらへ向かってくる男と行きあった。見上げるような巨躯と広い肩幅、凶悪そうな顔の左頬に白い刀傷の痕がある。土佐雷蔵とさらいぞうだった。


「土佐」

「板野……」

「橘家老を仕留め損なったそうだな」


 すれ違いざまにそう声をかけると、土佐の顔色が怒りに赤黒く変わり、抜き打ちに斬りつけようと腰の刀に手を伸ばした。板野は身を寄せ、素早くその手を抑えた。


無様ぶざまだな」

「き、貴様!」

「短気を起こすな、こんなところで刀を抜いてみろ。ただではすまんぞ」

「ぐぐっ」


 どういう工夫があるのか、細身の板野が片手で刀の鍔元つばもとを抑えると大男の土佐は、ぴくりともその腕を動かせない。


「お前の旺盛な闘争心はおれも買っている。だが、いまはその時じゃない。そのことは御前にも申し上げておこう。いまはその力、めておくべきときだ」

「……」

「橘家老のこと。同じ失敗は許されん。この次は、おれに断りなく事を起こすことのないようにするんだな」

「だれが貴様のことなど!」

「いまはそれでいい。そのうちに分かる。お前のような単純な男でも、が動き始めればな」


 板野がつかんでいた鍔元を離すと、力を込めていた土佐の身体は大きく前に泳ぎ、膝の内側を掬われると身体は一回転して床に転がされた。刀は用いないがすさまじい技のキレである。土佐が飛び起きたときには、板野はもう数歩先を奥を目指して歩きはじめていた。


「いいか忘れるなよ、おれの指示を待て」


 やがて板野は廊下の奥を曲がり、全身汗みずくになった土佐雷蔵の視界から消えた。

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