第2話 城下の噂
前青海藩剣術指南役、
「それほんとうなの?」
武家の若奥様(正確には違うが、出入りの商人へは、そういうことになっている)に話しかけられて目を白黒させている若者から、絵都が聞き込んだのは「筆頭家老、
「まさか」
驚いたのは、絵都から報告を受けたこの道場の主人である斎兵庫も同じで、知らせを聞いたその顔には「信じられん」と書かれていた。
「でも、店じまいに近くを流していた油屋が、刀を打ち合わせる音を聞いたのですって」
「見てはいないのか」
「剣の心得のない商人ですもの。
「その者の空耳ではなかったのか」
「それが、話はそれだけじゃなくて。昨晩、橘さまのお屋敷に外科治療の名人として知られた蘭方医が、大慌てにあわてて入っていくことがあったらしいの」
「……まるで、見てきたかのような話だな」
「そこはそれ、人の噂というものはそういうものですから」
兵庫は、まるで自分がならず者から斬りつけられたかのような青白い顔をして聞いていたが、膝を一つ叩くと腰を上げた。
「絵都、支度してくれ。彦右衛門を見舞いにいく」
「えっ、でも……」
「いいから早くしなさい!」
「は、はい」
噂の真偽は自ら確かめにゆく、居ても立っても居られない――という様子だった。
青海藩筆頭家老、橘厳慎と斎兵庫とは、まだ先代が道場主を務めていた頃の斎道場で、ともに剣術を学んだ幼なじみである。いまは筆頭家老と隠居の剣術家と立場は違ってしまったが、互いに信頼し合っている親友同士であることには変わりはない。絵都は、橘の身の上に降りかかった災難に、ふたりの絆の深さを再認識した思いだった。
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