第113話 帰途
「オートパイロットに入りました。」
ナスターシャが離岸フェーズの終了を告げる。
「河口を出るまでは通常航行。薄明30分後以降は通常航行でマリーナに8時に着く計算で夜間はゆっくり行こう。」
「わかりました。河口を出るまでと5時20分以降は通常航行。それ以外は指定の条件で航行します。」
見張りが必要なくなったので丈太郎は夏が言ったお土産を確認しにキッチンに向かった。
冷蔵庫のなかには、エビがメインのオードブルが入っていた。
夕食にと考えていた寿司を昼に食べてしまった丈太郎には有り難い。
『冷凍庫にもあるよ!』という夏の字らしきメモが貼ってあったので見てみると、昨夜のオオサンショウウオの煮物があった。
帰りにやるつもりだったゲストルームの掃除を夏がやってくれたので、すぐにもデッキでビールを飲みたいところだが、通常航行時は結構風が強いので海に出るまでは我慢だ。
ちなみに処置室の片付けは、何かあった時に全裸で対応することになるため航行中はできない。
「姫。海に出るまでどれぐらいかかる?」
「およそ40分の予定です。」
中途半端な時間なので丈太郎は操舵室で景色を眺めることにした。
川幅が広がり、少し開けた窓からかすかに潮の香りがし始める。
ナスターシャが速度を落とすのを待ちきれない丈太郎はデッキにテーブルを持ち出して夕食の準備を始めた。
日曜の夕方だからだろう、すれ違う船が多くわざわざ減速してナスターシャを眺める船もある。
骨董品という認識なのだろうが、今夜はゆっくり航行する予定なので幽霊船だと思われるかもしれない。
「姫。海に出たら航海灯を点けてくれ。」
「わかりました。海に出たら航海灯を点灯します。あと5分です。」
ナスターシャが速度を落としたので、心地良い程度の向かい風になったフロントデッキでロブスターらしきエビを肴に買い置きのビールを飲む。
まもなく日没だが、早くから航海灯を点けているので幽霊船に間違われることはないだろう。
前方にギガフロート3がある筈だが、さすがにまだ見えない。
たくさん並んでいる航空標識灯がそうかもしれないが、洋上風力発電の風車かもしれない。
今日あたり満月の筈なので、たくさんの漁船が漁場に急いでいる。
丈太郎は月の出を見ようと沈む太陽に背を向けて飲んでいたが、月は思っていたよりずっと南から顔を出した。
「そりゃあそうか。月がいつも太陽の真反対から昇るなら毎月月食だ。」
誰に聞かせる訳でもなく呟く。
茅野氏が言っていた光の道が見られるかと思って見ていたが、まだ暗くなりきらないのでコントラストに乏しい。
海面は波が高いせいもあるだろうが、綺麗に見えるのは明日以降だろう。
食材が尽きたので、丈太郎は片付けをして自室に戻った。
まだ寝るには早いので、ナスターシャのライブラリーから映画でも見ようかと思ったが、前オーナーのライブラリーなので丈太郎が全然知らない古い映画ばかりだ。
思い付いて再生履歴を表示させるとナスターシャという名前の女優の主演作がいくつかあった。いい機会だから本物のナスターシャを拝んでやろうと思って検索すると『今のままでいて』という丈太郎の仕事にふさわしいタイトルがあったので、それを観ることにした。
『今のままでいて』は中年男性と美少女の恋愛映画だった。
主人公は丈太郎より10歳ほど年上だが、ヒロインは夏と同じ年頃だ。
主人公はいたずら猫のようなヒロインに振り回される。
裸で甘えてきたり、悪戯で自分のおしっこを飲ませたり・・・。ヒロインのプロポーションが夏に似ていたので少し重ねて見ていたが、似ているのはそこだけだった。
主人公がヒロインが別れた彼女の娘だと知って悩み始めたので丈太郎は辛気臭くなってきたのでそこで見るのをやめて、ナスターシャ主演の映画を年代順にザッピングを始めた。
悪戯好きのミドルティーンだったナスターシャが豹の
魔性の女が嵌まり役の女優の名前を船につけるのは魔除けの意味があるのだろうかと首を捻る丈太郎だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます