第112話 帰宅
「姫。夏ちゃんはまだ船内に居るか?」
「はい。ゲストルームにいらっしゃいます。」
デッキチェアーでうとうとしていた丈太郎だが、日差しが少し弱まったのに気付いて時計を見た。
伸びをしてから立ち上がり、船内に入るとゲストルームの扉をノックする。
「はーい。」
扉が開かれて夏が顔を出す。
髪をポニーテールに纏めているので何をしていたのかと中を覗くと、どうやら掃除をしくれていた様だ。
「ありがとう。綺麗になったな。」
「えへへ。この部屋の物って職人さんが作った一品物ばかりでしょう?作った人のことを考えながらだとお掃除も楽しかったよ。」
「そろそろお姉さんを出してあげられるから一区切りついたら受け入れ準備を頼む。予定では30分後ぐらいだ。」
「うん。父さまと母さまびっくりするかな?父さま帰ってるといいんだけど・・・。」
「俺はこれから処置室に入って最終確認をするから、後を任せてもいいかな?」
「うん。母さまは居るから大丈夫。」
丈太郎はシャワーを浴びると処置室に入った。
秋は昨日のまま『型』に入った状態で作業台の上に横たわっている。
昨日は夏と2人だったがいまは丈太郎だけなので、ともすれば先程まで話していた夏の面影が重なり不思議な気分になる。
単に秋と夏の顔が似ているせいなのか、茅野家の事情に立ち入り過ぎたのかわからないまま、いつものように秋の脚を開かせて会陰部の切開跡の状態を確認する。
元々が縫い目のようになっている場所だけに昨日切開した痕跡はもうわからない。
両脇の切開跡も問題なかったので、一度抱き上げて『型』に納め直したところでワゴンの上のブラシが丈太郎の目に入った。
もう一度秋の上半身を起こしてブラシで髪を整え、髪が乱れないように注意して背中を倒した。
丈太郎が処置室を出ると、夏と茅野夫妻がナスターシャの横で待っていた。秋のカプセルもある。
声をかけようと窓を開けると、それに気付いた茅野夫人が目を伏せる。
「服を着て来ますから少し待ってください。」
「お待たせしました。」
丈太郎がカプセルの横に立ってナスターシャに指示を出す。
「姫。側面リフターから作業台を降ろしてくれ。」
「わかりました。側面リフターから作業台を降ろしますので離れてください。」
船の側面と処置室の扉が開いて中から秋を載せた作業台が出てきた。
茅野夫妻はリフトが下がるのを待ちきれないように背筋を伸ばして作業台の上の秋を見ている。
「「秋。お帰り。」」
リフトが下がり切るのを待って2人は秋の髪や頬を撫でる。
丈太郎がそれを見ていると、夏が歩み寄ってきた。
「先生。ありがとう。」
「こちらこそ。なかなか楽しい出張だったよ。」
「茅野さん。『型』ごとカプセルに移しますから手伝ってもらえますか?」
茅野氏と2人で『型』を持って秋をカプセルに移してキャノピーを閉じる。
「姫。側面リフター収納。」
「1週間程度は安静にさせてください。体を拭くのも最低限で。その後は1日1〜2時間程度なら外に出しても構いませんが、その前に川田に相談を。眼球の乾燥を防ぐ大型のコンタクトレンズを送ってくれる筈です。」
丈太郎が念のため注意事項を繰り返す。
「ありがとうございました。我が家の暮らしが変わると思います。1週間後が楽しみです。」
手を出してきた茅野氏と握手をする。
「それでは私はこれで失礼します。」
丈太郎が頭を下げる。
「えー!先生もう帰っちゃうの?」
「もう一度温泉には入りたいが、明るいうちに川を抜けたいからな。」
「うー。安全第一かぁ。」
「近くにお立ち寄りの時は温泉だけでも入りに来てください。お気をつけて。」
「先生。キッチンの冷蔵庫にお土産が入ってるから食べてねー。」
「姫。帰ろうか。離岸だ。」
「はい。薫兄様。」
最後の夏の台詞が気になったが、丈太郎は見張りのために操舵室に上がり、茅野一家に見送られる中、ナスターシャは帰途についた。
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