第111話 マスドライバー
午後はのんびり過ごすことにした丈太郎がナスターシャのデッキでデッキチェアに転がっていると、夏がやって来た。
隣に座ると話しかけてくる。
「先生。ちょっとお話しいい?」
「なんだ?寝たままでできるような話ならいいぞ。」
「多分大丈夫。えっとねえ、ニュースで見たんだけど、今ギガフロート3が来てるんでしょう?来る途中で近くを通った?」
「ああ、すぐ横を通った。」
「やっぱり大きかった?」
「あれは小さな山だな。骨組みが細いから向こう側が透けて見えるけど。」
「そう、そこ!あれってドライアイスの塊を打ち上げるマスドライバーの一部なんでしょう?凄いスピードまで加速して打ち上げるのに、あんなに細くって大丈夫なの?」
ギガフロートシリーズのマスドライバーは大気中から集めた二酸化炭素をドライアイスにして地球周回軌道に打ち上げている。
おかげで平均気温は1世紀前のレベルまで低下して夏でも川面を渡る風があればこうして船のデッキでのんびりできる訳だが、人工衛星の邪魔にならないように特定の軌道に打ち上げられたドライアイスによって地球は環を持つことになった。
今のところは肉眼で見えるほどの太さはないが、このまま打ち上げが続けば日没後と日の出前に地平線から立ち上がる地球の環が見えるようになるかもしれない。
「宇宙開発に興味があるのか?」
「あのお風呂のせいかな?いろいろ調べてみるんだけど、簡単過ぎる情報と難し過ぎる情報ばかりで私にとってちょうどいいのがみつからないの。」
「母さまは科学はからっきしだし、父さまは忙しくってあまりお話しできないから・・・。」
丈太郎は空を見上げたままで答える。
「俺も専門じゃないが、打ち上げの時にマスドライバーにかかる荷重とその方向は打ち上げる物が同じなら一定だからな。そこだけを強くすればいいんだ。それにギガフロートシリーズは数で勝負するタイプだから打ち上げ重量が小さい。」
「知ってるか?あれはドライアイスの塊を何十個も機関銃みたいに連続で打ち出すんだぞ。」
「それぐらい知ってるよ。でもすぐに空気抵抗とかの話になってよくわかんない。」
「それはそうか・・・。でも連続で打ち上げるのにはもう1つ理由があるんだ。打ち上げ動画ではレールガンの光に紛れてわからないかもしれないけど、マスドライバーのレールにはロケットエンジンが付いている。骨組みで支え切れない荷重はこのロケットエンジンを逆噴射することで補ってるんだ。」
「それが連続発射とどういう関係があるの?それとロケット使うんだったらそれで打ち上げた方が早くない?」
「ロケットエンジンは出力は大きいが、パワーを調整するスピードがそれほど早くないんだ。だから最初は小さなドライアイスを打ち出してだんだん大きなものに変えてゆく。それに合わせてロケットエンジンを吹かしてゆく訳だな。レールの強度はその間の荷重の変動幅だけあればいいんだ。まあ最初の方のドライアイスは軌道に乗らなかったり、途中で燃え尽きたりするんだが。」
「打ち上げ用のロケットはその重量の大半が燃料の重さだから、同じ打ち上げにロケットエンジンを使うのでも、燃料も一緒に打ち上げるのと地上の施設から供給するのでは効率が全然違う。再利用の手間も段違いだしな。」
「えーっと・・・。つまりどういうこと?」
「ざっくり言うと、発射中のレールはロケットで宙に浮いているみたいなもんだ。」
「だから足があんなに細いのかぁ。」
「もともとギガフロートは海に浮かんでるからな。太くしたところでがっちり支えられる訳じゃない。」
「そっか。いろいろ考えられてるんだね。」
「機械や技術に接した時、それを考えた人や作った人のことも思ってくれると嬉しいな。」
「スイッチを押したら動くのが当たり前って思ってちゃダメだね。」
「考えることが人間の1番の価値だからな。」
満足したらしい夏は、それからしばらく丈太郎の横で黙って川面を眺めていた。
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