第110話 遺影
丈太郎が船に戻ると姫が夏が来ていることを教えてくれた。
ゲストルームに泊まるのだと思ってノックしたが返事がない。
寝てしまったのかと思って自室に戻ると夏が待っていた。
「先生。泊めてもらってもいい?」
「昼間言った通り構わないが、ここで寝るのか?」
「まさかぁ。嫁入り前の女の子だよ?勝手に入っちゃダメかなと思って待ってたの。ゲストルームに泊めてください。」
「あ、この部屋に入るのは姫ちゃんに許可をもらいました。」
「お母さんには言ってあるのか?」
「うん。これを持って行きなさいって。」
畳んだタオルケットを差し出す。
「部屋の布団を使ってもいいんだぞ。」
「私、裸で寝るから汚したら恥ずかしいもん。」
「わかった。明日の夕方お姉さんが処置室を出るまで居るといい。」
翌朝・・・と言うか昼。
丈太郎が濃い目のコーヒーを飲みながらストレージに溜まっていた論文を流し読みしていると、ドアがノックされた。
「どうぞ。」
「あ、先生起きてる!朝もノックしたんだよ。」
夏がドアを開けて顔を出す。今、この船に入れるのは彼女だけなので当然だ。
「休日返上で仕事をしてるんだから朝ぐらいゆっくり寝かせてくれ。」
「母さまがお昼ご飯いかがですかって。お寿司をとったんだよ!」
「それは戴かないと申し訳ないな。この格好でもいいか?」
「お昼はリビングで食べるから大丈夫。」
夏に案内された茅野邸のリビングは今風の洋間だった。
壁の1面にナノマシン関連のユニットが埋め込まれている。
「何から何までお世話になってありがとうございます。茅野さんはお仕事ですか?」
「はい。朝から視察が入っていまして、夕方には戻る予定です。」
テーブルには大きな寿司桶が鎮座していた。
「お仕事以外の相談にも乗っていただいたので、せめてものお礼です。」
「私の話がお役に立ったのなら嬉しいことです。遠慮なくいただきます。」
食事をしながら茅野夫人が大浴場での話の感想を話してくれる。
「先生に言われて思ったんです。私の前にも昔同じ経験をした人たちがいたんじゃないかって。」
「昔ですか?」
「ええ、写真が一般化したのは昭和のいつ頃かわかりませんが、それまでは遺影って無かった筈ですよね。その最初の頃に我が子の遺影を見て苦しんだ母親たちがいた筈なんです。」
「それでも遺影というものは無くならなかった。むしろ災害などで遺影が失われたことを悲しむ人がいるのですから、それは無いよりあった方がいいということです。正しく受け入れられるなら、今の秋は遺影よりも残された家族にとってより多くのものを与えてくれるのではないかと気付きました。」
「そうですか。新しい技術というのは生活に影響を与えるものですからね。頭の柔らかい夏さんの方が早く適応できるのかもしれませんね。」
「主人も実業家ですから年齢の割に頭が柔らかいのでしょう。私も答えがわかった今なら、悲しみで目を塞ぐのではなく、その先にあるものを家族に支えられながら探してゆこうと思います。」
川田のせいで、丈太郎にとって普通の遺族の視点というのは新鮮だった。
「遺影と比較するのはわかりやすいですね。今後同じような相談を受けた時にお借りしていいですか?」
「元は先生がしてくださったお話です。お役に立てるのなら是非使ってください。」
「そういえばお姉ちゃんの写真って飾ってないよね。」
「本人がいるのに必要ないでしょう?夏の写真は飾りましょうか?」
「ナルシストっぽくてヤだなぁ。」
今まで適度な狂気が必要だと思っていた丈太郎だが、違う道があるのだと気付かされた。
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