第107話 家庭料理
丈太郎がサウナに入るというので夏は大浴場から出て行った。
「あんな暑い部屋のどこがいいんだか・・・。ご飯の用意ができたら呼びに来ますからのぼせないでくださいね。」
水風呂が無いのが残念だったが、時々冷水のシャワーを浴びながら、丈太郎は久々のサウナを楽しんだ。
温泉でさっぱりした丈太郎が夏に案内された茅野邸はヒノキとい草の香りがする和風建築だった。
「お招きいただきありがとうございます。なんとも上品なお宅ですね。」
「現代建築ではどうやってもタワーマンションのペントハウスには敵いませんからね。」
「そんなものですか。私のような田舎出にはこういう部屋が落ち着きます。」
「それは良かった。先生は独り暮らしだと伺っているので、仕出しは最低限にして、家内の手料理を召し上がっていただこうと思います。お口に合えば良いのですが・・・。」
「こちらこそ、あまり繊細な舌を持ち合わせていませんので、失礼があったらお許しください。」
「先生。母さまの料理は美味しいから、普通に美味しいって言ってれば大丈夫だよ。」
「夏の友達が遊びに来た時と同じものを作っていますから、リラックスして気に入ったものを好きなだけ召し上がってくださいな。」
案内された和室には一枚物の大きな座卓の上に舟盛りこそあるものの、家庭料理が並んでいた。
「先生はお風呂上がりですから、まずはビールで乾杯といきましょう。」
「奥様は関西のご出身ですか?」
出汁の効いた薄味の料理に感心して丈太郎が訊ねる。
「京都の北の方なんですよ。京料理とは少し違うのですが。」
「私程度にはわからないぐらいの違いでしょう。店で食べるのとも総菜屋のおかずとも違って新鮮です。このコリコリしたのも京都の料理ですか?」
丈太郎が砂肝に似た煮物を箸で摘む。
「先生。それは先日養殖物が解禁されたオオサンショウウオですよ。日本酒が合いますからどうぞ。」
茅野氏が徳利から日本酒を注いでくれた。
「1世紀ほども食べられなかった珍味ですか!美味しいものですね。」
「半分に裂かれても死なないって言うぐらいですから滋養がありそうでしょう?」
「父さま。先生とお酒ばっかり飲んでないでお姉ちゃんの話をしてよ。」
「そうだった。話は飲みながらでもできるから、夏がお酌をしなさい。」
「わかったから・・・はい。先生どうぞ。」
夏がお猪口に酒を注いてくれる。
「先生。夏から秋のお尻が綺麗になったと聞きました。今のように寝かしたままではせっかく綺麗になったものが見られないのでミュージアムの子たちのように秋を立たせておくことはできませんか?」
予想された質問だったので、丈太郎はお猪口を空けて答える。
「問題が2つあります。」
「まず、ミュージアムの卒業生と同じように立たせるには、頭蓋骨の中にマグネットを仕込むために脳と眼球を除去しなければなりません、眼球は義眼に入れ替えますが、どんなに精巧に作っても家族が見れば違和感を感じるのでお勧めできません。」
「ただ、秋さんの髪型なら後ろで繋がったカチューシャ型のマグネットを使えばここはクリアできるでしょう。」
「もう一つの問題は、今回交換したお腹の部分を内側から支えるインナーコルセットのズレと変形です。ミュージアムの卒業生たちは常に立っているために負担が大きく、数ヶ月に1度これを交換します。痛みを感じないとわかっていても、今までより短いサイクルでお嬢さんの体にメスを入れることを許容できるかということと、茅野さん以外の方もこれを希望された場合、早晩私の体が回らなくなるということです。」
「夏。秋は痛そうだったか?」
「先生は優しくやってくれたけど、やっぱり苦しそうだった・・・。」
それはそうだろう。娘の膣に男の手が2本入るのを親には見せられない。
「こちらからは、1日に1〜2時間だけ立たせるという方法を提案します。それぐらいの時間なら寝ている間にズレたインナーコルセットの位置も戻るでしょうし、圧のかかり方が変化することで、メンテナンスの周期が長くできることさえ期待できます。ただし、数ヶ月に1度CTスキャンで経過を観察することが条件です。」
ここまで言うと、丈太郎は夏にお猪口を差し出して注がれた酒を一気に呷った。
「あなた。その方法なら秋の体を拭くときに立たせて一緒に夕食を囲むことができませんか?」
「そうだな。先生。座らせることもできますか?」
「夕食の時間のように長時間カプセルの外に出す場合は、眼球保護のための大型のコンタクトレンズが必要になりますが可能でしょう。ただ、座椅子ではなく普通の椅子にしてください。必要になる機器については川田と相談を。」
「大丈夫。うちのリビングは洋間だから。」
丈太郎は座らせてしまってはお尻の魅力が半減するようにも思ったが、家族で話し合うのを聞いていると、いろんな案が出ていたので立った状態のカプセルも必要になりそうだった。
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