第100話 秋(夏)
ソファーを勧められ、紅茶をいただく。
ここは亡くなった入院患者が親族などを待つ部屋らしい。
地味ながら高級な造りで結構な広さがあり、家具の配置も患者のストレッチャーが主役になるように考えられているので、みんなが秋の入っているカプセルを囲んで話せる。
カプセルの中の秋はまっすぐ上を向いている筈だが、顔だけが丈太郎の方を向いている。
よく見ると首の部分がぼやけているので、透明のキャノピーに何か仕掛けがあるのかもしれない。
「茅野さん。このキャノピーは特別製でしょうか?」
「おや、気づかれましたか。キャノピーは普通のものですが、顔の部分だけその上に傘下の企業に開発させた薄いフィルムが載せてあります。フレネルレンズになっていて、どこから見ても秋が自分を見ているように見えるようなパターンが刻まれているんです。」
「これのおかげで目を動かせないお姉ちゃんでも、いつも家族みんなを見ていられるんですよ。」
「なるほど。流行りそうですね。」
一瞬、ALSの患者のためにも使えそうだと思った丈太郎だが、中から見た場合は普通に正面しか見えないことに気付いた。むしろ視界の周辺はぼやけるだろう。
そもそも全方向が正面に見えたら、景色が重なって何もわからない筈だ。
茅野氏はわかっているのだろうが、わざわざ夏に教える必要もないので丈太郎は話題を変えた。
「1人助手をお願いしていた筈ですが、こちらで働いている卒業生が手伝ってくれるのですか?」
奨学生の就職先は出資者の関連企業が多い。
本人が恩義を感じているのもあるが、雇う側としても思い入れがある上に、最初から履歴書の裏が取れているのだから、遠い親戚のかわいい子を採用するようなものだ。
「私がお手伝いします。」
茅野氏が答える前に夏が立ち上がった。
「お父さん。いいんですか?仕事の内容は川田から説明があった筈ですが。」
「本人がやりたいと言うのだから仕方ない。この子は小さい時から裸の秋を見慣れているから自分の体を見られることにも抵抗がないんだよ。年頃の娘としてどうかと思うが・・・。」
「しかし、密室で男と裸で2人っきりですよ?心配じゃないんですか?」
「男親として思うところが無いわけじゃないが、心配はしていないよ。むしろ危うい娘への安全な性教育になると思っている。我々後援者は君と川田女史の妹さんとのことはよく知っているからね。できれば帰るまでにかわいい姫ちゃんの声を聞かせてくれないか?」
「わかりました。夏ちゃんよろしく。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
「『娘には指一本触れるな』なんてことは言わないからせいぜい扱き使ってやってください。」
「姫。通常モード。側面リフターから作業台を降ろしてくれ。」
「わかりました。側面リフターから作業台を降ろしますので離れてください。」
茅野一家と桟橋に向かった丈太郎がナスターシャに指示を出すと船の側面と処置室の扉が開いて中から真っ白ないつもの作業台が出てきた。
リフトが桟橋のレベルまで下がるのを待って、丈太郎はカプセルのキャノピーを開き、全裸の秋を抱き上げて作業台に移すと、今まで秋が乗っていた『型』をカプセルから外して作業台の下に入れた。
「それではしばらくお嬢さん方をお預かりします。姫。側面リフター収納。」
丈太郎が振り向いて茅野夫妻に言うと、後ろに見えるロビーのガラスの向こうはお年寄りでいっぱいになっていた。
「よろしくお願いします。夕食はこちらで用意させてもらったので、その席で今後の管理方法を相談をさせてください。」
「ありがとうございます。楽しみにしています。では。」
丈太郎はデッキに移ると、続いて乗り移る夏に手を貸す。
ロビーに手を振っている夏に続いて、丈太郎も頭を下げた。
正面のハッチから中に入るとナスターシャが訊いてきた。
「薫兄様。お客様を登録しますか?」
「そうだな。30時間ゲスト登録してくれ。」
「わかりました。お客様。声紋登録しますので、お名前をお願いします。」
「茅野夏です。姫ちゃんよろしく。」
「茅野夏さま。登録いたしました。こちらこそよろしくお願いします。」
「夏ちゃんはこれで明日の夕方までこの船に自由に出入りできるようになった。お姉さんの近くに居たかったら今夜はゲストルームを使ってくれていい。」
「ありがとうございます。」
「それじゃあ俺はシャワーを浴びてから処置室に入る。補助が必要になったら呼ぶからそれまでは船内の探検でもしていてくれ。多分1時間ぐらいかかるだろう。」
「先生。最初から中で見学しててもいいですか?」
「それは構わないが、結構血が流れるしお姉さんの肉を切り出したりするぞ。」
「大丈夫です。女の子は血を見慣れてますから。」
「わかった。シャワーを浴びてから処置室に入ってもらう。聞いていると思うが確認だ。アクセサリー類は全部外すこと。コンタクトレンズもだ。お母さんのお腹の中から出てきたもの以外は持ち込み禁止。タンポンは入れてないな?」
「・・・入れてません。」
人前で裸になるのは平気だと聞いたが、これは恥ずかしいのだろう。夏の顔は少し赤かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます