第96話 懇親会⑤

「クルーザー?マリーナ?」


 こちらに来て日が浅い綾は話に追いて来られていないので利奈が解説する。


「川添いにマリーナがあるのよ。船着場って言えばわかるかな?歓迎会に行くときにリバーリムジンで通った筈だけど、夜だったからわからなかったかな?そこに20mぐらいの長さの古めかしいクルーザーが泊まっているの。」


「それって凄いんですか?」


「古いって言ってもお金持ちが遊びに使う船だからね。2階建てよ。新品で買ったら多分マンション何部屋分かの値段じゃないかしら?」



「どうしてそんなものがうちにあるのですか?」


 ゆかりの好奇心に火が点いたようだ。


「出資者からの貸与だ。ミュージアム以外に居る、主に出資者の姫の処置やメンテナンスに使ってる。」


「ここで処置したのではダメなのですか?」


「運搬の問題があってな。何時間もかかるならナノマシンの設備も要る。トレーラーなんかより振動の少ない船がいいんだが、それなら処置も船でやってしまおうってことで、出資者の1人が死蔵していたクルーザーを使うことになったんだ。こちらにトラブルがあったときのための備えでもある。」


「どうして先生がそこに住んでいるのですか?」


「処置室っていうのは使わなくても日常のメンテナンスが必要だからな。部屋もあるんだから実際に使う俺が半ば住み込みで管理することになった。余裕があるときは自宅に帰るんだが、明日は出張メンテナンスがあるからこっちで泊まりだ。」


「でも内装は豪華なのですよね?こっちに住んでしまわないのですか。」


「ラウンジを潰して小型の処置室ユニットを入れたから、豪華と言えるかどうかは微妙だな。船室は高級ホテル並みだが、基本的に遊ぶための部屋で長期間生活するようには出来てない。寝る以外のことをしようとすると不便なんだ。クルーザーに洗濯機があると思うか?借り物なので自分に合わせて改装するわけにもいかないしな。」


「客室もあるんでしょう?泊まってみたいです!」


「ああ、使った後、掃除してシーツを持ち帰って洗濯するなら泊めてやるぞ。」


「それって家政婦もやらされるってことですよね?瞳。マリーナに繋がれてる船に泊まってもあまり面白くないわよ。」

「先生。そのクルーザー、会社の福利厚生に使えないんですか?」


 利奈が副館長らしいことを訊いてくる。


「オーナールームがダブル、ゲストルームがツイン。あとはキッチンとシャワー、トイレぐらいしか無い。デッキもあるがラウンジが潰れてるせいでこの人数でも手狭だぞ。」


「一度見せてもらえませんか?」


「そうだな。日向は一緒に出張することもあるだろうからその時のために今度一緒に案内しよう。」



 懇親会はお開きになったが、片付けをしながら雑談は続く。


「ミュージアム以外にも処置を受けた子がいるんですね。」


「出資者のほとんどが自分の子や孫の体を残したいという動機だからな。」


「男の子もいるんですか?」


「それが面白いぐらいにいない。小学生以下の問い合わせはあったみたいだが、男女問わずある程度体が大きくないと処置出来ないから断るしかなかったらしい。」


「奥さんの体を残したいってケースはないんですか?」


「歳の離れた配偶者じゃないかと疑わしいケースはあったが、まず無いな。そんなのを持っていたら再婚出来ないだろう?」


「男の人の愛情ってそんなものなんですねー。」


 綾が丈太郎を責める。


「愛する人の体を他の男に切り刻まれたくないって気持ちもあるんだろう。」


「そうですよ。先生には姫ちゃんがいるじゃないですか。」


 と瞳が擁護してくれた。



「先生。ここで使ったタオルって普段はどうしてるんですか?」


 片付けをチェックしていた利奈が訊いてきた。


「部長がミュージアムの洗濯物と一緒に業者に渡すが?」


「「「「それはダメー(です)。」」」」


「各自持ち帰って洗濯・・・って言っても、もうどれが誰のかわからないわね。私が全部持ち帰って洗います。」


「いや、それならホストの俺が洗っておくよ。」


「「「「「それもダメです。」」」」」


「じゃあ私が・・・。」


「「「「綾ちゃん(さん)お願い。」」」」

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