第89話 いちか

 オフィスに戻るといつもの様に丈太郎が訊いてくる。


「今日は長かったな。」


「懇親会の相談に乗ってもらってたんです。先生もわからないでしょう?」


「それは助かるな。」


「梨奈さんが仕切ってくれそうですから、先生も従ってくださいね。多数決です。」

「それと、この週末『ユミちゃん』を持って帰って練習したいんですけど、無人タクシーを使ってもダメですか?」


 丈太郎はしばらく考えたが、


「帰りは酔っ払いだろう?誰かと相乗りでタクシーに忘れないようにしてもらえ。」


 と、許可した。



 全てが真っ白な処置室の中央に置かれた作業台の前に立つ全裸の2人。


「加藤いちか。ダンサーだ。死因は急性アルコール中毒。」


 いつものように丈太郎が説明する。

 作業台の上にはショートカットのスリムな美少女。

 顔立ちが整っているので少し冷たい印象だ。

 胸はそんなに大きくないが、他が引き締まっているので実際より大きく見える。

 ピンクの乳輪は程よい大きさで、肌も白く髪も陰毛も茶色っぽいので色素が少ないのだろう。


「学生じゃないんですね。」


「珍しいケースだが、彼女は任意延長だ。」


「奨学金が終わるときに説明されましたけど、延長する人もいるんですね。確か検査の時の日当しか貰えないんでしたっけ。」


「そうだな。しかし学校に入り直した場合は、また奨学金がもらえるから家庭の事情で延長する奨学生は多いらしい。彼女もダンサーと言ってもいわゆるだったからそのクチだろう。単にタダで自分の体を保存したいというケースもあるが。」


「それで筋肉が少なめなんですね・・・。」


「ああ。男に見せるための体を作っていたんだろうな。」


「生活のために自分の体を男性の目に晒して、死んでからも同じことを続けることになるなんて救いがなさ過ぎます。」


 綾はいちかの短い人生に思いを馳せたが、丈太郎の意見は違った。


「君はここの会員に会ったことがないかもしれないが、ミュージアムで彼女に向けられる視線は生前のものとは違うぞ。」

「美しいものを讃えたいと思うのは人間の本能だ。姫たちはショーケースに入っているんだから見るだけなら立体画像でいいんだよ。その方が維持費がかからないから安上がりだ。それでも肉体を展示しているのは、美しいものを焼いて灰にしてしまいたくないからなんだ。会員は彼女を大切に思っているんだよ。決して肉欲の対象じゃない。」


 綾は歓迎会に行く時にリバーリムジンを使わせてくれた老紳士の言葉を思い出していた、


『これから卒業生のみんなをよろしく頼むよ。』



「俺たちはそのための裏方だ。こっちは汚れ仕事専門だがな。」


「先生も同じ気持ちだから卒業生ではおちんちんが勃たないんですか?」


「それもあるが、俺は中身を見すぎちまったからな。せめて川田の半分でも狂気があれば、毎日楽しく仕事ができるんだが・・・。」


「ユミさんの狂気ですか?」


「最愛の妹のハラワタを膣に手を突っ込んで引きずり出すなんてこと、狂気でもなければできないだろう?」


 今日死ぬとわかっていて籍を入れたぐらいかわいがっていた友人の妹だ。丈太郎もその時心に傷を負ったのだろう。


「でも、裸で嬉しそうに卒業生を撫で回す先生とは一緒には働けそうにありません。」


「・・・もっともだ。」


 苦笑いする丈太郎だった。

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