第82話 陽子・岬

 翌朝、オフィスに出勤した綾は部長に声をかけられた。


「日向君、今日の懇親会で何かリクエストはあるかい?」


「え?部長が用意してくださるんですか?」


「うん。ここでいちばん暇な人間だからね。それに元々世話好きなんだよ。」


「お呼びできないのにお手間をおかけして申し訳ありません。参加者は6人だと思いますのでグラス類をお願いします。」


「趣旨は聞いているからね。私が出たら本間君は絶対参加しないから仕方ないよ。」


「部長のセンスに期待しています。」


 綾は予想される女性陣の反応には言及せずに、社交辞令で済ませた。



 処置準備室に向かうと、陽子と岬が既に来ていた。


「おはようございます。早いですね。」


「「おはようございます。」」

「岬がこの格好で通勤しようとするから無人タクシーで来たのよ。」


 岬は夏らしい白のワンピースだが、生地が薄いので乳首が透けて見えている。


「岬さん。ブラトップは?」


「こんなささやかな胸に必要ありませんよ。」


「じゃあニプレスぐらい貼りなさいって言ったんだけど、それじゃあ楽しくないって言うんだよ。」


「楽しくないって?」


「この子、元々露出癖があって家では裸族なんだけど、昨日のヌーディスト飲み会の話で興奮しちゃって、今、歯止めが効かなくなってるのよ。この丈の短いワンピースで家からノーパンなんだから。」


 岬が立ち上がって気分良さそうにターンする。

 長い髪が翻って美しいが、ワンピースの裾も翻ってお尻が見えそうになった。

 綾はそれよりも微かに透けて見える黒い翳りに驚く。


「それは捕まるかもしれませんね。」


「大丈夫ですよ。前にお巡りさんに道を訊きましたけど何も言われませんでしたから。」


「あなたそんなことしてたの?それでもその格好で満員の車両に乗ったら危ないわよ。触られたいの?」


「私はそんな変態じゃありません!」


 確かに少女のような見た目の岬が無防備な格好をしていても変態性は感じられないかもしれないが、世の男性にはいろんな嗜好の人がいると聞くので、綾はこの人を放置するのは危険だと思った。


「お2人ははずいぶん親しいようですが?」


「学生時代からの友人でね。今はルームシェアしてるのよ。それでもなかなか監督しきれなくてね。でも毎日裸の岬を見てるから、私も女性の裸には人より免疫はあるかな?」


 綾はしばらく考えると、


「私も家で裸で過ごした方がいいでしょうか?」


 と相談した。


「裸族は気持ちいいですよ。」


「一人暮らしならそれも練習になるでしょうけど、カーテンとか気を付けてね。」



 丈太郎が入って来た。


「おはよう。」


「「「おはようございます。」」」


「部長が張り切ってたが、何かあったか?」


 綾に心当たりはない。


「今日の懇親会の話をしただけですが?」


「そうか。何人になった?」


「ミュージアムからは4人参加してくれます。」


「日向は人望があるな。佐藤は酒に釣られたんだろうが。」


「みんなが優しいんです。」



「石原くん、市川くんよろしくな。卒業生以外は市川くんが初めてだな。」


「「よろしくお願いします。」」


「それじゃあ処置室に入ろうか。日向、頼むぞ。」



 更衣室に入ると、岬がワンピースを脱ぐ。

 靴はサンダルなので、身に付けているのはそれでお終いだ。


「先にシャワーに行ってますね。」


 衝立を挟んだだけの隣に丈太郎が居るのに堂々としたものだ。


「もしかして岬さんって実家でも裸族だったんですか?」


「そうみたいよ。裸族は岬だけだったそうだけど。」


「じゃあ私は男湯の方でシャワーを使いますからこちらは2人で使ってください。」


 綾はそう言うと、男湯側のシャワーに向かう。

 今日から丈太郎と背中を流し合わなければならない。

 丈太郎は普通に服を着ているので、普段からワンピースにブラトップだけのの綾の方が裸になるのが早い。

 シャワーを浴びながら待っていると、いつもより遅く丈太郎がやってきた。

 股間に陰毛が無い。


「先生。剃っちゃったんですか?」


「ああ、俺にも何かできないかと思ってな。結構恥ずかしいもんだな。」


 無毛になった丈太郎の陰茎は縮こまっている。

 綾はそれ自体はかわいいと思ったが、だらんとしている陰嚢が目立ってグロテスクだ。


「後ろを向いてください。お背中流します。」



 丈太郎の背中をボディーソープを付けた手の平で撫でる。

 広い背中なのはわかっていたが、実際触ってみると思っていた以上のものがある。

 厚くはないが引き締まった筋肉でゴツゴツしている。


「はい、おしまいです。私もお願いします。」


 丈太郎に背を向けた綾だが、一瞬見えた丈太郎の陰茎はすっかり起立していた。

 今度は丈太郎の手の平で背中を撫でられるが、男の手だからもっとざらざらしていると思っていたら予想と違って繊細な感触だ。

 友紀にしてもらった時に近い気持ち良さがある。


 目をあげると陽子と岬がこちらを見ていた。


「綾ちゃん、何いちゃついてるの?」


 陽子がいたずらっぽく訊いてくる。

 メガネを外した彼女は少しキツさが薄れて正統派の美人だ。


「いちゃついてません。相手の体に慣れる練習なんです!」


「今、気持ち良さそうな顔してたよ?」


「それは・・・。先生、ちょっと手を見せてください。」


 綾が振り返る。


「もういいのか?」


 綾が丈太郎の手を取って泡を洗い流すと、女性のような細い指が現れた。


「なんですか、この女の子みたいな手は?」


「自分で言うのも何だが、外科医にとっては宝みたいなもんだぞ。」


「なになに」と言って、女湯側のシャワーを使っていた2人も寄ってくる。

 陽子もあまり恥じらいがないらしい。


「綺麗な手ですねー。」


「すべすべで血管も浮いていません。」


「後でいくらでも見せてやるからさっさとシャワーを浴びてしまえ。」

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