第61話 楓
「今日はどんな話をしていたんだ?」
丈太郎は気になるらしい。
「あまり話せることは無いんですが・・・。お尻のチェックが大変そうだから、私がおやすみの時にヘルプに入りたいと言ってくれました。ゆかりさんはヘアアレンジ部門なのでスケジュールに融通が利くそうです。」
「そういえばその問題があったな。いつ頃になるんだ?」
「仕事のスケジュールに問題がなければ来週ぐらいです。」
「川田が初回はずらさない方がいいと言ってたから、余程の事がない限り予定通りだと思っていてくれ。」
「ゆかりさんにお願いするんですか?」
「川田も忙しいからな。ありがたい話だがまずは東館長を通さないとな。」
「それにしても見学態度と言い、彼女はどうしてそんなに積極的なんだ?」
「好奇心が強くて、それが恥ずかしさを上回ってしまうんだそうです。」
「あれで恥ずかしがってたのか?」
「失礼ですよ。顔に出ないタイプだそうです。」
恥ずかしいのが気持ちいいというのは秘密だ。
「ところで先生、部長が処置室のメンテナンスをしてるって嘘ですよね。」
「本当だぞ。川田より入っている時間が長いというのは嘘だが。」
「嘘っていうのは真実の中に紛れ込ませてこそ相手を信じさせられるんだ。部長が更衣室をリフォームしたのは好都合だったな。」
「想像しちゃったじゃないですか!」
「先生が悪い男だということはわかりました。」
「青いな。これぐらいは年の功の範疇だ。」
午後のメンテナンスでは、試さなければならない事があるので、話を切り上げて処置室に移動する。
綾は更衣室で服を脱ぎながら衝立の向こうに話しかける。
「部長は男湯の方を使ってるんでしょうね?」
「わざわざ自分で作ったんだからそうだろう。川田も時々ここのシャワーを使ってるぞ。」
「ユミさんはいいんです。」
綾のボトルの減りが早い理由がわかった。
ユミは時々ではなく頻繁に使っているに違いない。
「遠藤楓 専門学校生だった。死因は内臓破裂。交通事故だ。」
いつものように説明した丈太郎だが、すぐには作業に移らずに楓を見つめている。
楓は髪が多めのボブカット、クリっとしたした目のかわいい美少女だ。
小柄だが意外と胸が大きく陰毛も濃いので、顔とのギャップがある。
「この時は大変でなぁ。腸が破裂していたから内臓が排泄物で汚染されてしまって、使えたのは声帯と肝臓ぐらい。眼球も飛び出して使えなかったから会員も残念だっただろうが、処置する俺たちも臭いわ汚いわで2日がかりだった。俺がもっと若かったらトラウマになっただろうな。」
『勃たなくなったかもしれん』というセリフはスルーして、綾は
「今のかわいい姿からは想像もつきませんね。何がいちばん大変だったんですか?」
と訊ねた。
「作業としては内側の洗浄だな。急遽金属製のジョウロをコーティングして、それを使って洗い流したんだが、とても人間の体を扱うとは思えないいろいろなかわいそうな格好をさせることになった。最後はアルコールを使っても、鼻に臭いが残っているのでなかなかやめ時がわからなくてな。一度仮眠を取ってやっと次の作業に移る決断ができたぐらいだ。」
「それにも増して辛かったのが、飛び出した眼球や舌を見せられた上に、眼球の無い顔を見ながらの処置だから、とてもじゃないが美少女を相手にしているとは思えないんだ。思い入れができないから、単なる作業になってしまって、これが精神的に辛かった。人間の丸焼きの下処理をしている気分になる。」
「聞いているだけで私も気が滅入ります。」
「あんなのはミュージアムスタッフには見せたくないな。人間の美醜なんて所詮『皮1枚脂肪5センチ』だと思い知らされる。」
5センチは丈太郎が求める胸のボリュームの最低ラインだ。
「先生のおちんちんは思い知ってないようですが?」
「あいつは毛の中で下を向いて小さくなってたから見てないんだ。」
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