第27話 姫

 昼食後、綾は


「午後は研究室の見学に行ってくれ。」


 と言われた。


「ユミさんのところですね。」


「処置室の2つ向こうだ。プレートがあるからわかる。そのあとは歓迎会までここでブロックを組む練習をしていればいい。弘中裕美は俺がやっておく。」


「わかりました。おっぱい大きいからっていたずらしちゃダメですよ。」


 揉むなら大きいのと言った丈太郎が悪い。



 綾は研究室に行く前に更衣室に寄って簪で髪を纏めてパンツを履いた。

 今日はもう会社で裸になることはないし、うっかりノーパンで歓迎会に行ったら楽しめない。


 研究室のドアをノックすると、ユミが鍵を開けてくれた。

 今時アナログの鍵だ。ドアに鍵穴がある。


「綾ちゃん!いらっしゃーい!」


「ユミさんよろしくお願いします。」


「ユミちゃん。」


「ユミさんで勘弁してください。それに骸骨にユミちゃんって付けたので。」


「それじゃあ仕方ないね。さあ、入って。」


 中は大きめの理科準備室の様だった。


「ぐるぐる巻きのガラス管とか、泡立った紫色の液体の入ったフラスコとか無いんですね。」


「あはは!化学薬品を合成してる訳じゃないからねー。」


 普通の理科準備室には無い物は、電子顕微鏡と大きなタンク、奥にある酸素カプセルの様な物ぐらいだ。


「最初に紹介しとこうかなー。」


 と言ったユミに、綾は部屋の奥のカプセルの所に連れて行かれた。


 そこには線の細い少女が全裸で横たわっていた。

 美少女ではあるが、ミュージアムの子たちと違って少し病的な細さだ。」


「妹の姫だよー。よろしくね。彼女は薫ちゃんの助手になった綾ちゃん。」


 中学生ぐらいに見えるが確かに面影がある。


「もしかしてコールドスリープですか?」


「まさかぁ。ミュージアムの子たちとおんなじだよー。10年前から若いままなんだー。」


「丈太郎先生が言ってた奨学生じゃない女の子って。」


「へー。薫ちゃんそんな話もしたんだ。姫のことだよー。」


「妹さんはどうしてここに?」


「姫ちゃんって呼んであげて。姫がここにいるんじゃなくて、姫のためにここがあるんだぁー。

 姫はALSでね。お姉ちゃんと一緒に居たいって尊厳死を選んだんだぁー。」


 10年経っているからだろうか?毎日顔を合わせているからだろうか?話すユミに悲しそうなところはない。


「姫が若いままだから、私だけ歳をとる訳にはいかないよねー。」


 ユミの若さに得心がいった。

 デリケートな話だけに、綾がどこまで訊いていいか迷っていると、ユミは大きなタンクの方に歩いて行った。


「このタンクはコーティングの蒸着装置。簪やヘアブラシもこれで作ったんだよー。」


「ありがとうございました。どちらも初日から役に立ちました。」


「可愛く纏められたねー。」


「普通そういうリアクションですよねー。」


「薫ちゃん?それを求めるのは無理だよー。」


「うまいもんだな。って・・・。」


「あははー。」



 綾はユミに椅子を勧められて座った。


「今日は研究室の見学もそうだけど、綾ちゃんに私から話して欲しいって頼まれた事があるんだよー。」


「丈太郎先生からですか?」


「部長もかな?」

「綾ちゃんはピル使ってる?」


「いえ、私は軽い方なので。」


「私が処方するから使って欲しいの。生理が来たら処置室入れないでしょー?」


「ピルまで使わなくてもだいたいわかりますけど。」


「極力綾ちゃんの生理に合わせてスケジュールを組むつもりだけど、仕事はメンテナンスだけじゃないからねー。処置が続けて入ったりした後は、こっちの都合に合わせて生理をずらしてもらうこともあるかもってこと。」

「それに薫ちゃんと処置室に居る時に始まったりしたら嫌でしょう?」


「それは確かに。丈太郎先生は匂いとか気付かなそうですけど嫌ですね。」


「綾ちゃん鋭ーい!薫ちゃん、私の時は全然気にしてなかったよー。」


「そんな事あったんですか!」


「処置は待ってくれないからねー。薫ちゃん1人で手が回らないときは、生理中でもなんでも私が手伝うしかなかったから。」

「あ、でも処置だったから下り物の匂いどころじゃなかったかもねー。」


「ブラックですねー。そうならない様にピルを飲みます。」


「よろしくねー。頼まれた話はここまで。何か質問ある?」


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