第10話 ミュージアム②

 気がつくとショーケースの前に1人の女性が立っていた。

 声をかけてくる。


「本間先生、相変わらず怪しいことやってますね。」


 ビジネススーツをキッチリ着こなした30絡みの長身の女性で、フレームレスのメガネをかけたデキる美人秘書という感じだ。


「東館長、好きでやってるんじゃありませんから。それにいずれは彼女にやってもらうようになります。」


「それはいいわね。あなたが今度助手になる日向さんね。ミュージアム艦長の東よ。」


 綾が立ち上がって挨拶する。


「日向綾です。よろしくお願いします。」


「どう?本間先生にセクハラされてない?」


 さっきから丈太郎は言われ放題である。


「今日、セクハラが何なのかわからなくなりました。」


 綾が複雑な表情で答えると、


「頼りになりそうね。うちの妹たちをよろしくお願いするわ。」


 丈太郎も言われっぱなしは面白くないので


「妹じゃなくて娘でしょうが。」


 と口を挟むと、


「失礼ね!私はまだ20代です!」


 と言って行ってしまった。


「先生、妹って?」


「彼女にとって此処の姫たちは娘みたいなもんで可愛くって仕方ないんだ。それで俺が娘に付いたが悪い虫に見える。」


「それじゃあ娘はダメですよ。」


 綾に叱られた。



 緑を立たせるともう一度足元のスイッチを踏む。

 それで彼女は最初のように自然な姿勢で自立した。

 丈太郎は通りかかった女性に


「終わったからよろしく頼む。」


 と声をかけて綾の方を振り返り、


「夜の部が始まるまで少し見て行こう。」


 と綾を連れて歩き出す。


 ミュージアムにはたくさんのショーケースがあった。

 ウィンドウショッピングで見るような何体かのマネキンの入った横長のケースではなく、1人に1つのショーケースである。

 ショーケースは後ろの扉も含めて4面全てがガラス張りで中の女の子が360度全ての方向から見られるようになっている。

 それが2mおきぐらいの間隔で林立する姿は絶景だ。


 中の女の子は丈太郎が言ったように洋服(たまに和服)を着た子の中に全裸の子が混じっていて、全裸の子が入ったショーケースの前に立ったときに他子の裸が目に入らないように配置が工夫されているようだ。


 何人か見て回るうちに綾が気付いた。


「黒髪の子ばかりですね。」


「ナノマシンの働きで生前ほどではないが髪が伸びるからな。流石にカラーリングまではしてやれない。死んだ時に髪を染めていた姫は処置で地色に染めるんだ。」

「でも何人かはブロンドやプラチナブロンドもいるぞ。」


「ナノマシンが体内だけで働いているのは技術資料で読みましたが、動力はどうなっているんですか?」


 振袖を着た少女の前で立ち止まった綾が丈太郎を見上げて訊いた。


「あまり詳しくは知らないが、ごくごく細いビームによるマイクロ波送電らしい。それがインターネット網の様に複数のマイクロマシン同士で供給し合っているから全体の充電量が平均化されるって理屈だ。ショーケースの基地局は足元にあって普段は姫の足の表面近くに居るマイクロマシンが中継している。ビームが細くて出力も小さいからヤケドはしないそうだ。」


 再び歩き出しながら綾が次の質問をする。


「細胞を生かしておくための栄養分は?」


「色気のない話で申し訳ないが、姫たちは夜の間点滴に繋がっている。老廃物はマイクロマシンが電力でリサイクルするからほとんどが水分だ。それでも足りない分は定期的なメンテナンスの時に補う。メンテナンスの仕事がなければまだしばらくは俺1人でも回せたんだがな。」


「やっぱり彼女たちもマイクロマシンのおかげで歳を取らないんですか?」


 と綾が訊ねた時にみなみが2人を見つけてやってきた。


「本間先生、まもなく夜の部の開館時間です。」


「ありがとう。戻ろうか。」


 と言って丈太郎が綾の肩を抱き寄せる。

 綾が戸惑っていると丈太郎が耳元で


「マイクロマシンの老化への影響は部外秘だ。特に社内の女性には気をつけてくれ。助手にしろと押しかけられたら大変だ。」


 綾は有り得る話だと思った。

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