第11話 正式採用

 綾を見送り、オフィスに戻ると部長が待っていた。


「日向くんはどうだった?」


「摘出中に吐くこともありませんでしたし、やる気も問題ありません。

 尤もそのやる気はナノマシンの老化防止効果によるところが大きいようですが。」


 丈太郎の答えに部長は、


「そりゃあそうだろう。メガネの問題がなければ東館長がやりたがったぐらいだから。」


 綾より東にとってはより切実な問題らしい。


「あの東女史がですか?日向にミュージアムスタッフ相手でも漏らさないように口止めしたのは正解でしたね。」


「ミュージアムスタッフから募集したらもっと助手が集まるぞ?」


 いたずらっぽく返す部長だが丈太郎は、


「助手ばかり増えても仕方がありませんし、気を遣う相手を増やしたくありません。日向も自分が処置室の中に滞在する時間が減るので嫌がるでしょう。

増やしたとしても生理中のためにあと1人ですね。」


 丈太郎にハーレムを作る気はないらしい。


「では、正式採用ということでいいな?」


「はい、お願いします。更衣室で使う衝立と短時間外に出る時に羽織る白衣もお願いしていいですか?」


「ああ、それは気がつかなかったなぁ。用意しよう。」


「それと、ミュージアムスタッフの中の卒業生が歓迎会をしてくれるらしいです。

それまでに彼女たちに漏らしてはいけない情報をまとめておいてやってもらえませんか?」


「歓迎会はいつだ?」


「宮崎くんに聞いてください。」


「わかった。スタッフも増えてきたので、そろそろ細かい情報管理を考えなければいけない時期だと思っていたところだ。善処しよう。」


 部長の善処に全幅の信頼はおけないが、自分でやるよりはマシだと思う丈太郎だった。



 翌日丈太郎がオフィスに出勤すると感心なことに綾はもう来ていた。


「コーヒーを淹れますね。」


 と言って隣のデスクから立ち上がる。

 どうやらオフィスの勝手を部長から教わったらしい。

 重役なのに朝が早いのは、この部長の数少ない美点だ。


 綾の机の上には小さなバスケットに入ったお風呂セットとA4サイズのスタンドミラーがある。


「女の子の身だしなみ用品をジロジロ見たらダメですよ。」


 と叱られた。


「更衣室のシャンプー類は普通の市販品だったので、念のため少し香りが強めの物を買って来ました。鏡は髪を纏める時に使います。更衣室に置かせてください。」


 と言ってコーヒーを渡してくれる。


「ありがとう。それは構わないが、臭いが残ってたか?」


「何人かに訊きましたが、相手が臭かったとしても臭いって言い難いでしょう?」


 それではキリがないと思う丈太郎だが、そのおかげで香水なんかが売れるのかもしれない。


 昨日はリクルートスーツだった綾だが、一転ヒラヒラしたワンピースを着ている。


「今日は随分ラフなファッションだな。」


 と言うと


「女の子には色々あるんです。それにどうせ仕事中は裸ですから」


 と返された。

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