第8話 ミュージアム
2人で更衣室に戻るとシャワーを浴びる。
恋人同士でもなんでもないので当然洗いっこなどはしないが何時間も処置室で裸で過ごした後なので、今更体を隠す気も起きない。
今になってシャワーヘッドが2つになっているのに気付いた。
「今は鼻がバカになっているからわかりませんが、あの臭い落ちるんですか?」
下ろした髪の匂いを嗅ぎながら綾が訊ねる。
「人間由来の匂いだから落ちやすいそうだぞ。」
そう言われても、帰り道で他人の仕草が気になりそうだなぁと綾は思った。
丈太郎はさっさとタオルで水分を拭って服を着始めるが、髪の長い綾の場合はそうはいかない。丈太郎は
「外で待っているからゆっくりでいいぞ。」
と言ってタオルを体に巻いてドライヤー(何故か用意してあった)を使う綾を残して出ていってしまった。
綾が更衣室を出ると、丈太郎が声をかけてきた。
「ちょうど良い時間だからこの後予定がなければミュージアムを見に行かないか?」
「出来た時に行っただけなので是非見に行きたいです!」
ミュージアムには奨学金期間中に亡くなり、その体の全てを差し出した奨学生の内臓を移植された後の肉体が保存・公開されている。
丈太郎と綾がこれから作り上げることになる姫たちだ。
公開と言っても一般公開ではなく奨学金制度の会員と奨学生のみの限定公開なので、これが奨学金制度の会員の内臓移植以外の特典である。
ちなみに会員は入会したらすぐに観覧できる訳ではなく、予約した奨学生が無事奨学金期間を満了するか、不幸にしてその肉体を提供するまで待たなければならない。
予約した奨学生が無事奨学金期間を満了した場合、会員は永遠にその奨学生の体を見ることはできないが、予約した奨学生以外が提供した肉体は見ることができる。
「私が行った時は3人しか居なかったんですよー。」
奨学生は奨学金期間中に1度しか観覧できないので、1期生の綾は仕方ない。
「じゃあ、裏口から行くか。」
ミュージアムはオフィスに隣接している。
丈太郎に追いて行きカードキーで開く扉から中に入ると、若い女性がたくさん働いていた。
ハウスマヌカンみたいなオシャレな女性が洋服を持って通路を行き来している姿はブランドショップのバックヤードの様だ。
「今日は模様替えですか?」
と綾が訊ねると、丈太郎は
「奨学生は知らないんだったな。今は昼の部と夜の部の切り替え時間なんだよ。」
と答えた。
通路からカーペットが敷かれた展示スペースに出ていくと、1人の女性が丈太郎に声をかけた
「本間先生、緑ちゃんの経過観察ですか?」
「ああ、それも兼ねて新しく助手になる新人の案内だ。彼女も卒業生だぞ。」
それを聞いた茶髪をポニーテールにした女性は
「初めまして、宮崎みなみです。 3期生です。 後輩たちをよろしくお願いします。」
と元気に頭を下げた。
「こちらこそ、1期生の日向綾です。 よろしく。」
綾も頭を下げたが、みなみが長身なだけにちょっとおかしな構図になった。
「スタッフには結構卒業生が多いんですよ。今度歓迎会をしましょう!」
みなみはそう言って忙しそうに走って行ったが、綾は
「ちょっと今は食事のことは考えられませんね。」
と丈太郎を見上げた。
「毎日あれをやる訳じゃないからそのうち慣れるって。」
たくさん並んだショーケースの横を歩いて行く丈太郎の後をキョロキョロ周りを見回しながら追いて行く綾だが、ショーケースの中の美少女に取り付いて作業している女性たちをみて
「お色直しですか?」
と訊ねた。
「まあお色直しと言えばお色直しなんだが、それなら今やらずに閉館後にやればいいだろう?」
「彼女たちは4〜5日おきに着替えるんだが、その時は昼の部が終わったら服を脱がせて次の日の朝に新しい服を着せるんだ。」
ちょっともったいぶった丈太郎の説明を聞いた綾は、勢いよく周りを見回して、
「じゃあ夜の部は裸なんですか!」
「全員じゃなくて4人に1人ぐらいな。全員裸だったら隣同士比べられて損をする姫が出るだろう?」
綾は顎に人差し指を当てて
「なるほど、その方が有り難みがあるし着せ替えの労力も1/4で済みますね。」
と感心した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます