第4話 脱衣

「よろしくお願いします!」


 吹っ切れた様に勢いよく頭を下げる綾に面食らった丈太郎は


「本当にいいのか?」


 と、もう一度訊ねた。


「お給料をもらって若さを保てる職場なんて、全女性の夢じゃないですか!」


 そんなものかなぁと思う丈太郎だが、若さを求める女性の逸話はいくらでもある。


「でも、脱ぐところを見られるのは恥ずかしいので、仕切りか衝立をお願いできませんか?」


 こちらの希望は尤もである。


「仕切りは機能上無理だが衝立は用意しよう。今日のところは俺が先に入るから後から入って来てくれ。」


 と、ラブホテルの風呂に入るカップルの様なセリフを吐く丈太郎だが、次に続くのが


「準備ができたらチェックするから入ってくる前に声をかけてくれ」


 なので台無しだ。


 綾にとっては見学だが、丈太郎は綾に説明しながらノルマをこなさなければならないので、さっさと服を脱ぎ始める。

 最初は戸惑っていた綾だが、とても40歳とは思えない引き締まった肉体が見え始めるとガン見である。


「先生、何かスポーツは?」


「ああ、これもナノマシンの副作用だろうな。体がベストの状態に保たれるらしい。」


「私もシックスパックになっちゃうんでしょうか?」


 少し思案顔の綾だが、丈太郎の答えは


「女性のサンプルが無いからわからん。」


 である。


 シャワーを浴びながら丈太郎の説明は続く。


「シャワーの浴び方は普通でいい。雑菌は落とすに越したことはないが、居たとしても表面積に換算すれば微々たるものだ。髪は乾かすなよ。水でコートされていた方が髪に付着した粒子が露出しにくい。濡れたまま纏められると尚いいが、道具なしでは難しいか?」


「仕上がりに拘らなければ出来ます。濡れた髪がいいのなら、濡れた水着なら着られませんか?」


「まだ言うか。一切生地が表面に露出しない様に濡らし続けられれば可能だが、水タンクでも背負って作業するか?」


「ダメですか。」


「じゃあ諦めて脱げ。時間がかかる様なら髪は纏めなくていい。」


 と言って丈太郎は陰圧室特有の空気音と共に処置室に入って行った。


 処置室の扉が閉まるのを確認した綾は、両手で頬を叩くと


「よしっ、女は度胸!」


 と服を脱ぎ始めた。

 全裸になると、シャワーを浴びながら


「次からは跡が付きにくい下着にしなくっちゃなぁ。盛るのもやめるべきよね。」


 とシャワーの水音の中で呟いた。


 2本編んだ細い三つ編みを使って髪を纏めた綾は、もう一度全身を確認してから


「丈太郎先生ー。準備できました。」


 と扉の向こうに声をかけた。



 一方、処置室の丈太郎は、作業台の上の死体を確認していた。


 今日の「姫」の死因は心臓麻痺らしく、どこを見ても傷跡は無かった。


「日向は運がいいなぁ。」


 丈太郎は処置する死体を「姫」と呼ぶが、容姿で厳選された10代半ばから20代前半の女性はまさしく姫である。


 処置室に運び込まれる死体は圧倒的に事故死が多い。

 病死も無くはないが面接間隔の1ヶ月を超えて患う場合、大抵は病気による容姿の衰えによって奨学生の資格を失ってしまうため、病死で運び込まれるのは心臓麻痺やくも膜下出血など急性の病気がほとんどだ。

 事故死の場合でも発見が遅れた溺死や損壊が激しい場合はここには運び込まれずに臓器摘出が専門の施設に回される。


 エターナルビューティーのシステムでは会員による奨学生の殺害の恐れがつきまとうが、少しでもその可能性がある場合、殺された奨学生の死体は髪の毛1本も会員には回ってこない規約になっている。この場合は殺害犯以外の予約会員も丸損なので、熱心な会員の中には個人的に奨学生にボディーガードを付ける者までいる。


 作業に使用する器具の確認を終えてナノマシンの濃度を確認していると、扉の向こうから


「丈太郎先生ー。準備できました。」


 と言う綾の声が聞こえた。


「今行く。」


 と答えて更衣室に戻ると濡れた髪を纏めた全裸の綾が待っていた。

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