第3話 脱衣室

「技術資料は読んでもらっているらしいので、ここでは実際の作業手順を説明する。」


 丈太郎は裸で作業しなければならないことを、どう説明するかを考えながら話し始めた。


「今、処置室にはこれから処置を行う死体が1体入っている。死体は更衣室に運び込まれ作業台に載せられると作業台ごと自動で処置室内にセットされる。」


 入って来た2つの入り口の反対側にある処置室の扉を指差しながら説明すると、綾は扉に歩み寄って、


「窓は付いていないんですね。」


 と首を傾げた。


「さっきの質問とも関係があるから、そこから説明するか。」


 丈太郎はナノマシン→作業環境という流れで衣類が持ち込めないことを説明しようと、前のめりにならない様に務めて自然に話を変えた。


「処置が細胞を活性化させるナノマシン環境下で行われるのは技術資料に書いてあったと思うが、このナノマシンは人間の遺伝子を持たない固体との接触を極端に嫌う。

 どういう理屈かは俺は知らんが、表皮が剥けた状態で真皮に異物が触れるとしみるみたいなものだそうだ。

 処置室にはこのナノマシンが散布されている訳だが、ナノマシンの性能を維持するために、床・壁・天井・作業器具、全てにナノマシンが反応しない特殊なコーティングが施されている。

 人体以外、唯一このコーティングを施された物だけが処置室で存在が許されるんだが、このコーティングが曲者で、どんなに薄くしても不透明で柔軟性がほとんどなく、曲げると簡単に割れて剥離してしまう。

 だからガラス窓を作っても中は見えないし、幸い君は大丈夫な様だがメガネやコンタクトレンズは使えない。カメラレンズも同じ理由で使えないので作業中の記録画像も撮影できない。照明機器も不透明になるので明かりはガス灯だけだ。

 また、通常のマスクもカチカチになって使えない。」


 綾は何か考え込む様子ながら熱心に聞いている。


「このナノマシンは我々生きた人間にも影響を与える。

 ナノマシン環境下では老化が極端に抑制されることがここ数年わかってきた。

 これがさっきの質問の答えだ。

 ただ老化が抑制されるのはナノマシン環境下に居る時だけなので、世のご婦人方のご希望には応えられない。」


 綾が丈太郎の顔をまじまじ見つめながら疑問を口にする。


「それにしては先生は若すぎると思うんですが、今おいくつですか?」


「40だが?」


「ずっと処置室で暮らしている訳でもないでしょうし、むしろ若返ってません?」


 何が不満なのか丈太郎に詰め寄る綾に、丈太郎は、


「俺は君が思うよりずっと長く処置室に居ると思うが、若返りを証明するのは難しいんだそうだ。」


 ジト目になった綾は2つの入り口の脇にある棚の上の脱衣かご、その反対側にあるシャワーヘッドを見回して、


「まるで温泉の脱衣所だと思っていたら、やっぱりここは更衣室じゃなくて脱衣室なんですね。」


 と真実に辿り着いた。


「どうしても裸じゃなきゃダメなんですか?」


 薄々勘付いていたのか、パニックに陥ることもなく続ける綾に丈太郎は、


「方法が無いこともないが、どれも現実的とは言い難い。

 まさか鎧を着て作業する訳にもいかないし、人間の髪の毛で編んだ衣類なら着用可能だが長持ちしないのでコスト的に難しい。

 給料が飛んでいくぞ。

 また、液体ならナノマシンに影響を与えないので処置室をプールにして腰まで浸かって作業すれば、下だけは水着を着られるが、水に沈むナノマシンの分だけ追加で数が必要になる。これは髪の毛の比じゃないぞ。」


 セミロングの黒髪をいじりながら、綾は


「うー。髪を伸ばしてればよかった・・・。」


 と何故か自分の胸元を見ながら肩を落とした。


「どうする?やめにするか?

 おっさんと裸で仕事をするのは嫌だろう?」


 丈太郎がここまでかな?と思いながら訊ねると、綾は少し上目遣いで


「少しは予想してたので、今日はガラス越しで見学できないかなぁと思ってました。でも先生はどう見ても20代だしタイプなので、そんなに嫌じゃないし、ずっと若いままでいられるのは嬉しい誤算なんですけど、自信がないと言うか・・・先生は胸の大きい女性と小さい女性、どちらが好みですか?」


「見るなら小さいの、揉むなら大きいの・・・へ?」


 突然の質問にあんまりな本音を答えてしまう丈太郎だった。


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