第2話 ブラウン・コマンド

―― そして月日は流れ… ――


〈身体強化〉エンハンス!」

〈防護障壁〉ウォール!」

「はあぁぁー!おりゃあぁーっ!」

 ズドオオォーン!!


「ふうっ いい調子だ 今日はこの辺にしておくか」


―――額の汗を拭い ゲートに向かう1人の青年 背が高く 服の上からでもその肉体が強靭に鍛えられている事が分かる ピッタリとした半袖とズボンに 革鎧を胴部分のみ装備しており要所には革のプレートを当てているが防御よりも動き易さを重視している事が見て取れる 顔つきは凛々しいが幾分幼さが残っている

カツヤだ

カツヤは逞しく成長していた 

 

あれからすでに5年の歳月が流れていた 

だがカツヤはあの時何も出来なかった自分の無力さを

胸に刻まれた絶望を忘れてはいなかった


カツヤがゲートに戻ってくると

誰かがこちらにトボトボと歩いてくる事に気付いた

向こうもカツヤに気付いたのか 早足でズンズン近付いてきて目の前でピタリと止まる

「ちょっとカツヤ!起こしてって言ったのに なんで1人で朝練やってるのよ!」

カツヤは微笑みを浮かべ

「おはよう キーン」

「あ…うん おはよう ってそうじゃなくて!」

「何で起こしてくれなかったのよ!それに私の名前はク・キーン!何度言ったら分かるの!」

腰に手をあてて怒った顔をしているが 寝坊した恥ずかしさを誤魔化そうとしているのが丸分かりなので逆に可愛らしいと思ってしまう

「分かった分かった ごめんごめん」

「まったくもう…」


―――キーンもまた 強く美しく成長していた スラリとした長身に長い手脚 首周りの開いたノースリーブのチュニックに革の胸当てを合わせ 腰には革のベルトをして短刀を差している 全体的に細身ではあるが胸や腰回りはふっくらと女性らしい丸みを帯びている ゆるくウェーブがかかった長い髪は金色よりも銀色に近いプラチナ 顔立ちは整っており透き通る様な白い肌をしている 一見冷たい印象を受けるが その髪色と同じプラチナの瞳の奥には優しさを讃えている


「いいわよ 私も1人で体を動かしてくるから」

と言って歩き出したキーンに

「待ってよ オレも付き合うよ」

と言って追いかけ後について歩くと

カツヤの目は自然とキーンの脚に向いてしまう


(相変わらずキレイな脚してるよなぁ 背はオレより低いのに

オレより長いんじゃないか?)


キーンのチュニックは丈が短く その長い脚をふとももまで惜しげもなく晒している ソデもない為かなり肌の露出が多いのだが それには理由があり キーンいわく

「こうやって手とか脚を出してた方が〈精神感応力〉マインドが伝わりやすいのよ」 だそうだ


キーンがこのチュニックを着始めた頃

その格好を見ているオレの方が恥ずかしくなって バカにされるのを覚悟で

「あのさ…目のやり場に困るんだけど…」と言うと

「何よそれ 私の脚なんか見たくないって事!?」と言って怒り出したので

「そうじゃないよ 見たくないんじゃなくて どうしても目が行っちゃうんだよ」と言うと

キーンは笑顔になり

「ああ そういう事なら大丈夫 ちゃんと下に穿いてるから ほらっ」

と言って チュニックのすそをめくって見せられた

確かにキーンの言葉通り 下着がギリギリ隠れる位のとても丈の短いズボン?を

穿いてはいた

でもこれはほぼ下着なのでは?と思ったが キーンにとっては大丈夫らしい

ちなみにその日オレはドキドキと 男として見られていないのか?というショックで全然眠れなかった


広い場所に着くと

「じゃあ いつも通り顔への攻撃は無しで 胴に一発入れた方の勝ちね」

そう言いながらキーンは髪の毛を首の後ろ辺りで纏める 

ガラ空きになった脇の無防備さに思わずドキリとする

(気にするオレがおかしいんだろうか?)

「カツヤ聞いてる?」

平静を装い

「ああ 分かった」と答える

〈自己障壁〉シールドかけてね」と言って真剣な表情になったキーンを見て オレも気持ちを切り替える

「「シールド!!」」声がハモる


キーンは腰から短刀を抜き放ち

突き 払いを組み合わせて斬撃を放って来る

上体を振って躱すと左のミドルキックが来る 右手でガードして左のミドルを返すがバックステップで躱される キックの勢いで一回転して正面を向くと 既にキーンが目の前に居て短刀がひらめく かろうじてガードし腕のシールドがバチバチと短刀をはじく

オレはガードを固めたまま体当たりするがキーンは素早くかわし距離を取り 軽くステップを踏みながら左に回る

体ごと向き直ると次の瞬間飛び込んでくる カウンターで右のストレートを合わせるが背中側に躱され一瞬で背後を取られる

オレは当てずっぽうで左の裏拳を放つがキーンにかがんで躱され神速の突きが来る 咄嗟とっさに腕でガードするが一瞬早く切っ先がオレの胴鎧に届きバチッとシールドで弾けた

「よしっ!」

「ふうっ まいった」

キーンが笑顔になる 

「この短刀にも大分馴れたわ」

と言って腰に戻す


ある時

「試したい事があるの」

と言ってキーンは短刀をカツヤに見せた

「短刀?でも〈茶褐色の侵略部隊〉ブラウン・コマンドに斬撃は効かないんじゃ…」


―――斬撃もそうだが 〈茶褐色の侵攻部隊〉ブラウン・コマンドには攻撃は効果がない 例えば強烈な打撃であれば吹き飛ばせるし 〈黄土速部隊〉オーカー相手ならば踏み潰す事も出来る だがそれだけだ 〈茶褐色の侵攻部隊〉ブラウン・コマンドは何事もなかった様に行動を再開する マインドに至ってはそもそも攻撃手段が無いので何の効果もない

つまり防ぐ事しか出来ないのだ

キーンの短刀も攻撃に使う訳ではない ヒントは〈門扉不動〉ゲートロックだった ゲートロックの範囲内に巻き込む事で〈茶褐色の侵攻部隊〉ブラウン・コマンドの動きを止めれる事は分かっていた しかし〈茶褐色の侵攻部隊〉ブラウン・コマンドに直接ゲートロックをかけてもマインドが表面を流れるだけで何の効果もなかった ならば内部に流せないか?と キーンは短刀を常に身に付ける事でマインドを浸透させ強度と切れ味を向上させた 更に斬撃時に短刀にマインドを流し込む事により〈黒茶硬部隊〉ブラックさえも切り裂く事を可能にした そして斬撃の瞬間短刀を通して〈茶褐色の侵攻部隊〉ブラウン・コマンドの内部に直接マインドを流し 動きを止めるだけではなくその場に縛り付ける事に成功したのだ

「名付けて!〈敵性固着〉エネミーロック!!」

と 最大級のドヤ顔で言うキーンを思い出す


「キーンは本当にすごいよ オリジナルマインドまで作り出すんだから」

「褒めても笑顔しか出ないよ?」

キーンがにっこり笑う

「でも エンハンスとウォールはどうやっても使えないのよね シールドの効果もイマイチだし…」

「オレも ロックとクローズが使えなくて パルスは一応使えるってレベルのままだしな この辺は努力じゃどうにもならないのかな」

「そうなのかもね」

「でも正直 キーンのシールドが強化出来ないのが不安でしょうがないよ 万一〈茶褐色の侵攻部隊〉ブラウン・コマンドに囲まれたらエンハンスで切り抜ける事もシールドで耐えることも出来ないんだから」

「分かってる 今まで通り基本サポートで エネミーロックを使いながら うまく立ち回るわ でもカツヤも過信は禁物よ」

「ああ お互いの弱い所をカバーして 強味を活かしていけば 何が来ても大丈夫だよな」


実際 スタンピード以降〈黄土速部隊〉オーカー〈黒茶硬部隊〉ブラック〈圧縮気弾〉ボムといった新種の散発的な侵攻もあったが そのことごとくを防ぎきっていた 

身体能力フィジカルを鍛え マインドを磨き 対策を考え 連携を図り 日に日にレベルアップしていた

  

「そうね 今の私たちなら… きっと防げる… 」

キーンはそう言うと胸の前で手を組み目を閉じる…

キーンの全身からマインドが放射状に広がっていく 〈精神念話〉パルスを使いマインドの届く範囲内の声を聴く為だ 今のキーンは王国のほぼ全域の声を聴く事が出来る とは言え 近くならばその感情も考えもかなりはっきり分かり 言葉として聞こえる事もあるが 対象との距離が離れれば離れるほど伝わりづらくなり 声の様な 感情の波の様な物 が分かるらしい

キーンが眉をひそめ 目を開ける

「ふう… 王国の各地で感情の高ぶりを感じるわ おそらく 来ると思う…」

「そうか…」


昨日から〈茶褐色の侵攻部隊〉ブラウン・コマンドの侵攻がパタリと止んでいた


あの時と同じ様に…


「もし 〈茶褐色の暴走〉スタンピードが来るにしても まだしばらくは猶予があるだろうけど オレはゲートに陣取って警戒するから キーンも何か変化に気付いたらパルスで知らせてくれ」

「分かったわ」


カツヤは警戒を続けたがその日は〈茶褐色の侵攻部隊〉ブラウン・コマンドが姿を見せる事はなかった

「カツヤ」

キーンが歩いてくる

「キーン 何か変化があった?」

「うん 少し気になる事が…とりあえず 確実に〈茶褐色の侵攻部隊〉ブラウン・コマンドの侵攻が進んでるわ」

「やっぱりそうか…それで 気になる事って?」

「戦いの気配が近付いてるんだけど 良くない感情が混ざってるの」

「良くない感情?」

「端的に言うと ゲートを開放しろっていうパルスを感じるの」

「何だって?なんでそんなパルスが?」

「えーと 私達と王の考えは一致してるでしょ? ゲートを守って〈茶褐色の侵攻部隊〉ブラウン・コマンドを絶対に通さない そうでしょ?」

「ああ そうさ 外界を彼の地へと繋ぐ前に〈茶褐色の侵攻部隊〉ブラウン・コマンドを通す訳にはいかないからな」

「でも 今〈茶褐色の侵攻部隊〉ブラウン・コマンドの被害を受けている場所では そうは思っていない 少しでも早く外界に開放して欲しいはずよ 」

「そうか つまり 今この瞬間も王国の為に我慢を強いられている場所があるって事なのか!」

「そうよ 当事者として当然の考えが 私達からしてみれば負の感情 ‘’負のパルス‘’として国中を覆ってるの」

「王と王国の為にゲートを死守する事が王国民の負担になってるってのか!」

「そして 負のパルスが強くなれば マインドや体の動きまで阻害そがいされるわ 特に

感応力の強い私は身動きすら取れなくなるかも知れない…」

「そんな!じゃあ どうすりゃいいって言うんだ!」

「ゲートの開放が長引けば長引くほど王国民の負担は大きくなって 負のパルスも強くなるわ でも 私達に出来る事は1つだけよ 私達は…〈門の守護者〉ゲート・ガーディアンなんだから」

「…確かに… キーンの言う通りだ… 分かった オレはもう迷わない 王の許しある迄ゲートは通さねぇ!」

「そうよ 私達の身に 王国民の恨みを買おうとも ゲートを守る それが私達〈門の守護者〉ゲート・ガーディアン〈存在理由〉レーゾンデートルよ」

「お?おう… れーどん…でーそる…な」

「…ぷっ」

「な 何だよ!」

「んーん 何でもないよ? でもおかげで肩の力が抜けたわ ありがとカツヤ」



―――そして〈茶褐色の侵攻部隊〉ブラウン・コマンドの侵攻が止んでから4日目…



遂にその時が来た


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る