第7話 パノプティコンの石版①

 昔から粗暴で腕力だけはあったので、岩代牧には恐れや不安という感情が決定的に育たなかった。

 だから特に大きな展望がある訳でもなく、ただ食べる事が好きという漠然とした理由で全寮制のユンカー農業高校に進学した。


 学校では特に勉強が優秀だったり部活動に打ち込んだりする事もなく、寮に帰っては寝て食べての繰り返し。

 そんな彼女を見かねてか、寮で同室の川江真紀が貸してくれたのが「王立プリンス学園ロマンス学部自由恋愛学科」という女性向けの小説だった。

 これまでまともに本を読んだ事がなかった黒マキだが、これには多少興味が湧いたのか、毎日少しずつ読み進めた。夏休みに入ると、一日に1時間も読書をするようになっている。


 そんなある日、黒マキは夜10時頃まで読書をして、そのままベッドで10時間眠り、翌朝寮の食堂で朝食をとっていた時だった。

 突然立山連峰みたいな場所に移動したと思ったら、良く解らない世界にいた。

 それで黒マキは最近読んでいた「王立プリンス学園ロマンス学部自由恋愛学科」の夢を見ているのだと思っていた。

 しかし、それは違った様だ。確か「柳条湖おもちゃ王国」とかいう国だとその辺にいた人が言っていた。つまりここは夢の中の世界などではない。


 黒マキは特に現状を悲観してはいなかった。夏休みなので帰るのは一通り美味いものを食べてからだと思い、八マキ(八尾町出身の川江真紀)には

「しばらく旅に出る」

 とだけメールしたら

「了解」

 と返って来た。


 ※「王立プリンス学園ロマンス学部自由恋愛学科」は東山ききん先生がカクヨムで掲載している「男令嬢悪役一代記〜乙女ゲーの世界に転生しちまった〜」の作中で登場する作品である。

 素晴らしい作品なので、是非ともこれを読んで現代社会の抱える諸問題解決のヒントにしていただきたい。



 ファブリーゼの一日は日課である朝の体操から始まる。

 黒マキもファブリーゼに連れられて公園へ行った。

 公園では既に近隣住民が集まってプロレスの技をかけたりアリの巣をほじったりしていた。

「皆さんごきげんよう」

 さっきまで眠そうだったファブリーゼが別人の様に華麗に挨拶をすると、数人が挨拶をした。


 その中に半裸だが少し品のある老人がいた。

「おはようお嬢さん。今日は見かけない子をつれておるな」

「あら、マグおじいさま。わたくしボディーガードを雇いましたのよ」

「どうも、岩代牧です。アルバイトです」

 マグおじいさまは黒マキを見て

「これは頼もしい友を得たな。だが気をつけるがいい、友とは時に人の運命を変えてしまうもの。常に自分の宿命から目を背けてはならぬのだ。だが自分の宿命をどうやって知り得るか……」

 とかぶつぶつ言い始めたら止まらない。近所の話の長い系じじいである。

 老人の長話を止めたのは城から聞こえる鐘の音だった。

「おっとリュド体操が始まるぞ」

「みんなも踊ろう」

「ミュージックスタート」


「リュド体操第681番」


 監修:ウァラクノス


 四軒目で朝を迎えた


 数種の毒が身にしみる


 朝日を浴びたら目が覚めて


 頭の何かが覚醒だ


 まずは路上で寝てる友達を起こす運動だよ


 1・2・3で


「大丈夫ですか」


「あなたは回復魔法を使ってください」


「あなたは祈祷師を呼んでください」


 人が悲しみ乗り越え


 本当の人になれるというなら


 僕は人でなくていいよ


 自分が自分で或れるのなら


 きっと朝は来るから

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