新人死神編
#1
「はーい、星マークの人たちは右手へ、ハートマークの人たちは左手に移動してくださーい」
目の前でわたしの身長よりも高い脚立に乗って、拡声器で繰り返しアナウンスしているのは白いウサギだった。ウサギが、喋っている。
「はーい、皆さん立ち止まらないで指定の場所まで行ってくださーい」
気が付けば右手の中にあった紙切れを見ると、そこに歪な「☆」が書いてあった。
「あ、あの…」
ウサギに話しかけようとした時、頭にゴツンと何かが当たった。
「痛っ…、なに?」
頭を押さえながら振り返ると、赤色のTシャツが目に入った。それから少しして、恐らくそれは元々赤色ではないだろうと言うことに気が付いた。視線を徐々に上に持っていくと、その人には首がなかった。それはこちらに向かって前屈みになっているのか、首の断面が生々しくも見えていた。
卒倒しそうになったその時、
「あ、すみません、うまくバランスが取れなくて……」
と、足下から声がした。恐る恐る声のする方を見てみると、頭があった。それは坊主でまだ何か話している様だったが、意識が遠のいて来てここで記憶は途切れた。
なんなの、これは。わたしは確か刺されて、死んだ。もしかしてあそこから夢を見ているのだろうか。だとしたらなんとも気持ちの悪い夢なので早く覚めてほしい。
そういえば先程から頬にさわさわとした、もふもふとしたような感触があるような気がする。目を開けると眩しくて目の奥がキンとした。
「はーい、ようやく気が付きましたね」
顔の横にウサギが居た。そして、やはり喋っていた。夢は醒めていないようだ。
だが、この状況で一番信頼できるのは喋るウサギだとも思った。
「ね、ねえ。ここはどこ?」
「はーい、ここはシルクレシオンの連絡通路でーす」
と、ウサギはぴょんぴょん跳ねながら言う。
シルク……?死神界?やはりわたしは死んではいるようだ。いや、まだ夢の可能性もあるのだろうか、と考えたが頭が上手く回らない。
「はーい、詳しいことはこの先で聞いてくださーい。あなたは星マークさんですねー。でしたら、あちらへどーぞー」
と、ウサギはその方を手で指した。
「全く意味わかんないけど、あそこに行けば教えてくれるんだね?」
とりあえず行ってみよう、と起き上がろうとすると、
「あ、あの、なんかすみませんでした……」
と、足下でまたもや頭が喋りかけてきた。見上げると肩を
再び卒倒しそうになるのを腕を抓ってこらえ、
「こ、これはどういうことなわけ?」
と、再び脚立に乗ろうとしているウサギに問う。
「はーい、皆さん今は死んだ時のままの姿なのでーす」
そう言って、また拡声器で道案内のアナウンスを始めた。
「死んだ時の姿…?」
自分のダッフルコートのボタンを取ってみる。そして制服を少しまくり上げてみると、白いはずのインナーが真っ赤に染まっていた。そのまま腰も見てみると、同様に赤色をしていた。
コートも制服も暗い色なのでわからなかったが、自分も死んだままの姿であった。
「あ、すみません。じゃあ、もう行きますね」
そう言って胴体は首をもとの位置に戻し、両手で支えながら行ってしまった。死んだ時のままの姿と言うことは、あの人は生きたまま首を……いや、深く考えるのはもうやめよう。
立ち上がって、彼とは別の方に歩き出す。
周りを見ると、一見なんともない人もいれば、目が飛び出している人や損傷が激しい人もいた。
みんな、理由はあれど、死んでいるのだ。ここは本当に死後の世界なのかもしれない。
星マークとして集められた小ホールのような場所には二クラス分くらいの人数が居た。すると、先程と同じように白ウサギがアナウンスをする。
「はーい、自分と同じ番号の部屋へ移動してくださーい」
再び気が付けば自分が持っていた紙切れを見ると、そこには歪な「よん」が書いてあった。
「このシステムはなんなの…」
わたしは入口に『4』と書いてある部屋に入る。するとそこには四人ほど既に人が居た。そこにいる人たちはあまり外傷がない人たちだったので、顔をよく見てみると自分と同世代であろう人がほとんどだった。
部屋の中は学校の教室の様になっていて、一列目に二つ、二列目に三つ机が並んでいて、唯一空いていた二列目右側の席に座った。
「はーい、それでは早速新規登録手続きしていきまーす」
と、どこからともなく現れたウサギが黒板の前に立ち教室全体に呼び掛けた。
「あの、その前に一体ここは何なんですか?」
斜め前に座っているいかにも優秀そうな男子が言った。
「はーい、ここはシルクレシオンの連絡通路でーす」
さっき聞いたことと同じだ。夢の設定にしてはブレが無い、と思った。
「シルクレシオン?」
それを一発で聞き取れた彼はウサギに更なる回答を求める。
「はーい、シルクレシオンとは、生命の死後世界のことでーす。シルクレシオンは三階層に分かれているんですねー。上から天界、死神界、地界でーす」
「死後……」
優秀男子の隣席の男子が静かに呟いた。
「はーい、皆さんは絶命したんですねー。現世でのお勤め、大変ご苦労様でしたー」
と、ウサギは深々と頭を下げた。その様子が可愛らしくて少し笑えた。
「絶命って……俺、死んでるの…?」
前の席の二人は狼狽していた。わたしの横の二人も含め、クラスがざわつく。
「はーい、皆さんにはこれから死神界でのお勤めが待っていますよー」
「それって何をするの?」
隣の女性が言った。彼女は銀行員のような制服を着ていた。
「はーい、死神として、現世の魂を天界へと導いてもらいまーす」
そういえば、死神を完全に受け入れていたが、本当にそういう役割をするんだと少し感心した。
「鎌でこうやって魂を刈るの?」
彼女の左にいる男子が立ち上がってその動作をする。
「はーい、鎌とは限りませんよー。今からそれも含めて皆さんの情報を登録しまーす」
ウサギはそのまま説明を始めたが、聞いている者は居ないようだった。前の二人は泣いたり叫んだりしているし、わたしの列に居る二人は興味なさそうにネイルを見たり、はたまた立ち上がって鎌をブンブン振り回すイメトレをしていた。
事実、自分自身その話を頭ですんなりと処理できるほどの余裕はなかった。話を聞いていたはずなのに、ただ字面をなぞっているような感覚だけあった。
「はーい、じゃあ机の番号に従って聞いていきますからねー」
と、ウサギはなにやら端末を触っている。そして、一番目の人から名前や武器などが登録されていった。わたしは五番目だったので、前の人達の内容をよく聞くようにした。
一つだけ理解したことは、武器は自分が潜在的に想像したものが登録されるということ。そのため、死神の話を聞いた後は鎌が自主武器になる人が圧倒的に多いらしい。現にわたし以外の四人は全て鎌だった。
「はーい、じゃあ五番目の方―、お名前は?」
わたしは椅子から立ち上がり、名乗ろうと息を吸った時、
「ヘンテコッ!」
と、横から叫び声がした。そちらを見ると、イメトレをしていた男子が窓の外を見て叫んでいた。
確かに変わった生き物だった。龍のような、鳥のような、馬のような、なんと表現すればいいかわからない生き物たちが空を飛んでいた。
「はーい、じゃあ次は武器を登録しまーす」
「ちょ、ちょっと待って。まだ名前言ってないじゃない」
「はーい、もう登録されましたよー」
「え?」
「はーい、あなたはヘンテコさんでーす」
「……え?」
時間が止まった、様に感じた。瞬きを何度もするが、ウサギは表情を変えない。いや、ウサギの表情はもともと良くわからないが、こちらを見つめる様が変わらないという意味だ。
すると、先程まで泣き喚いていた前二人の背中がプルプルと震えだす。それに連動するように横の女性から微かに笑い声が漏れてきた。
「そ、それはあの子が外みて言ったことでしょ?!」
「はーい、一度登録したものは直せないのでーす」
「はぁ?」
「はーい、次は武器を登録しまーす。ヘンテコさんの武器を思い浮かべてくださーい」
「ちょっと!」
――カーンカーンカーン
学校のチャイムが突然鳴り出した。教室内も再びざわめき始める。
「はーい。緊急事態ですねー。魂の逆流が起きているので皆さん早く配属しなければなりませーん」
「た、魂の逆流って?」
と、優秀男子が聞く。
「はーい、転生するはずの魂が天界から死神界に逆流してくることでーす」
ウサギはぴょんぴょん跳ねながら言う。チャイムは鳴りやまない。
「はーい、ヘンテコさん。緊急事態のため、早く登録を終わらせましょーう。武器を思い浮かべてくださーい」
こんな状況で?…と言いたいところは山々だったが、チャイムと周りのざわつきで、言わない方が賢明だと思った。
深呼吸をし、目を閉じる。
すごいかっこいい鎌。最強に鋭くて、大きいけど実は軽くて実用性の高い鎌。優秀な鎌。極めつけは取っ手がビビッドな黄緑。
「はーい、登録完了でーす。確認してみてくださーい」
その声に目を開き、手元に握っているものを見ると、そこには木の棒があった。鎌は鉄製なはず。そのまま右側の端に目線をやると、輪っかに白い網が付いていた。しかもその輪の部分はビビッドな黄緑色をしていた。
「こんなの武器じゃない!虫取り網じゃん!」
「はーい、武器が具現化するのは潜在意識なのでーす」
そんなはずはない。虫取り少女でもなければ、虫取り網を持ったことすらなかったのだから。
「ちなみにだけど、もう一回やり直すってことは?」
「はーい、一度登録したものは直せないのでーす」
なんとなく分かってはいた。
チャイムはまだ鳴り響いている。心なしか先程よりもビートが早くなっている気がする。
「はーい、それでは最後に皆さんのチーム配属でーす。本当はこれからシルクレシオンについての新人講義があるはずなのですが、緊急事態のため取りやめとなりましたー。配属先の先輩方に色々と教わってくださーい」
突っ込みどころ満載だが、緊急事態の雰囲気がわたし達にそれをすることを許さない。
「はーい、皆さんをチームへ転送しまーす。しっかり勤務してくださいねー。ご安全にー」
そこで視界が真っ暗になった。
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