第3話 偉人と胸騒ぎ

 僕は最初、それを手に取った時「ハイン」という生徒の日記か何かなんだろうと思いフルネームが書かれていないか手帳の表裏を何度か見たが特に該当しそうな筆跡はない。なにせ誰かの持ち物であることは確か、それもあり少し気が引けるが更なるヒントを得る為にめくってみる。時を同じくして僕の予想は一瞬で崩れた。


そこに書かれていたのは「ハイン」という人物がこの国に訪れ、人々と触れ合い町を探り調べていく様子とその記録。僕は書かれていた名前を記憶の中で手繰り寄せていく、すると歴史の授業でその名が出てきたことを思い出した。

名は「ドルトハイン」。様々な方面の学問に秀でていたとされ、僕たちの国において近代化の父として語り継がれ今いる魔工学院にもその名が冠されている偉人。


僕は学校の授業で出てきたこと思い出しながら指でなぞり読み進めることにした。


 ハイン氏がこの地を訪れた頃、この国は今よりもずっとアナログで魔工の利用も僅かで町の建物やその他を見てもハイン氏の元居た場所との差は歴然。未整備の地区も多く、日常様々な場面で苦労やある意味の発見が絶えなかったらしい。

しかし反対に「人々の温かさ」などの人間的な面、自然の面においてはとても感銘を受けたそうだ。その感じた理由、由来について多く記されてはいない。


だが数少なくも挙げている理由の一つとして

「昔居た所は皆勉学熱心で魔工や国自体の発展も進んでいた。しかしそれが続き過ぎた故に温かさが消えまるでそれを具現化するように自然も少なくなっていった。」「この地の人は私の古巣の地が忘れた『大切なモノ』を未だ持ち、それを残しているから。」と記されていた。


 僕は読む最中で「勉学優秀のハイン氏は何故この地にまで来たのだろう」と思った。僕がハイン氏なら母国で自らの才を活かし更なる発展、拡大に力を注ぐのが最良の選択だと考えるからだ。そんなことを思いながらページをめくる。

日々生活する中でハイン氏自身が受けたおもてなし、少しの気遣いとそれに対する感謝が記され読んでいる僕自身心が温かくなった。


少しの行間、ふと隣のページに視線を向けると「戦火」という言葉が目に飛び込んできた。ハイン氏はこの国で長く過ごす中、この国の歴史を調べ始めた。始めた理由としては様々な文献や資料を読みこの国に対する造詣を深め、これからの事業の参考したかった為だそう。学びを進める中でハイン氏はこの国と母国の発展の差をみて違和感を覚えた、そこである時、時間軸に大きく関わる要素の一つ「暦」に注目。


もし母国とこの国が同じ暦なら互いの発展の差が大きすぎる。

「何らかの原因で別の暦(年数え)になっているのではないか」と推察したのだ。

僕はこの推察に驚きを隠せずにいて、好奇心が踊りスタスタと読み進める。


 ハイン氏の調べ曰く、この国はその昔今はない技術を使った兵器や文化があり、それらはたくさんの犠牲を払った大きな戦乱によりほとんどが消え去った。その後、敗者側となったこの国は周囲からの援助もなく衰退、暦もその時停止あるいはリスタートした可能性が高いと述べている。


僕はこの章を読んで学校の授業での記憶を何度も思い返す。


だが、僕の記憶の索引に「戦火」の2文字は見当たらなかった。


つまりここに書かれているのは僕やロイナ、ほかの子含め学んでおらず教本からも消えている歴史ということ。僕はこの思考の経路を辿った時、驚愕と畏怖のあまり手帳を「パンッ」と勢いよく閉じた。触れてはいけない何かに触った、フィクションではないかとも疑わずにはいられなかった。


 少し息を整え一度手帳を棚に戻し、また手に持った。怖いもの見たさも交じりまたページをいくつかめくるとすぐに日常の記録だった。

最後に「後の者へ。技を無下にせず励め」という一文を見て僕は手帳を閉じた。


長く読みふけった中で重くなった腰を上げ、本棚の間を抜けバルコニーのような所に出て正面玄関側の窓を見る。ここに来たときはまだ陽が高く空も青々としていた、しかし過ぎ去る時間とは早いものですっかり夕暮れの空色となり光が差し込んでいた。少ししてロイナがやってきて


「もう日暮れだし帰ろうよ」と、言って僕はいっしょに階段を下りた。

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