ダリアは床で嘲笑う
有理
ダリアは床で嘲笑う
実花(みか)
貴文(たかふみ)
佐奈江(さなえ)
※暴力的な描写があります。苦手な方はご注意下さい
実花「貴文。」
貴文「なにやってんだよ、お前!」
実花「貴文。」
貴文「やめ、やめろよ、実花!」
実花「ほら、あいして。」
貴文(たいとるこーる)「ダリアは床で嘲笑う」
……………………………………………………
佐奈江「ちょっと、実花?何その顔どうしたの?」
実花「あ、バレた?コンシーラー上手くのせたつもりだったのにな…」
佐奈江「バレた?って…ちょっときて。」
佐奈江N「久しぶりに会った実花の目元には青く滲んだアザがあった。」
実花「ちょっと、佐奈江、」
佐奈江「誰?」
実花「転んだだけだって」
佐奈江「転んで顔しか打たないなんてありえないでしょ」
実花「つまづいて、机で顔ぶつけただけだよ」
佐奈江「実花。」
実花「ほんと。」
佐奈江N「目の前でヘラヘラ笑う彼女は私の幼馴染だ。高校時代、もともと両親が不仲だった私の家庭は崩壊した。落ち込んでいたその頃の私を助けてくれたのが実花だった。」
実花「佐奈江、…」
佐奈江「誰に殴られたの?それ。」
実花「…貴文。」
佐奈江「は?」
実花「ちょっと、手があたっちゃってね?別に大したことないの!痛くもないし!」
佐奈江「そのアザで大したことないわけないよ。失明してたかもしれないよ?」
実花「別に、悪気があってこうなったんじゃないの。」
佐奈江「でも、」
実花「ほんとに!ほんと!」
佐奈江「…。」
実花「…ほんと。」
佐奈江「何度目?」
実花「…4回目。」
佐奈江「実花。」
実花「…いいの。」
佐奈江「よくない。」
実花「貴文ね。ごめん、って言ってくれるの。」
佐奈江「謝ったってなんにもならないでしょ。」
実花「私しかいないの。貴文支えてあげられるの、私しかいない。」
佐奈江「だからって、」
着信音
実花「あ、貴文だ。」
佐奈江「代わって。」
実花「あ、ちょっと、さな、」
貴文「もしもし、」
佐奈江「もしもし。」
貴文「え?あれ?」
佐奈江「間違えてないよ。私、佐奈江。」
貴文「あ、ああ。え?実花は」
佐奈江「いるよ。隣に。」
貴文「そ、そう。」
佐奈江「あんた、殴ったんだって?」
貴文「ぁ…」
佐奈江「実花。目の下。アザになってるよ。」
貴文「あ、いや、」
佐奈江「何やってんのよ。」
貴文「あ、ごめん、その」
佐奈江「私に謝んないでさ、やめなよ。こういうの。実花が許してたって犯罪だよ?」
貴文「うん、」
佐奈江「何?なんか言いたげだけど。」
貴文「…今度、」
佐奈江「は?」
貴文「今度面と向かって言ってくれないか?俺に、」
佐奈江「…は?何言ってんの」
貴文「ごめん、俺、」
佐奈江「…言ってやるわよ。実花のためだもん。いつ?」
貴文「…また連絡する。」
佐奈江「…」
貴文「実花に、代わって?」
佐奈江「…ん。貴文。」
実花「あ、うん。」
実花「もしもし?」
実花「佐奈江ちゃんと何の話ししてたの?」
実花「うん。そっか。」
実花「わかった。今日はオムライスにするね。」
実花「バイト終わったら連絡くれる?」
実花「うん。待ってる。」
終話
佐奈江「…貴文、なんかさ、」
実花「なんの話してたの?」
佐奈江「え?」
実花「貴文と、なんの話してたの?」
佐奈江「え、聞いてたでしょ?」
実花「貴文の声は聞こえなかった。なんて言ってた?」
佐奈江「ごめん、って、」
実花「それから?」
佐奈江N「電話の向こうの貴文が少し変だった。目の前にいる実花の目があまりにも空洞で怖い。私は咄嗟に」
佐奈江「…友達に酷いことして、ごめんって。」
実花「ふーん。」
実花「貴文、最近隠し事増えちゃったから、嘘ついてるのかと思った。」
佐奈江「へ?」
実花「佐奈江ちゃんと2人で会いたいとか、言ってるのかと思っちゃった。」
佐奈江「え、言ってないよそんなこと。」
実花「はは。心配しすぎだよね、私。」
佐奈江「私は、実花の味方だよ。」
実花「…ありがとう。佐奈江ちゃん。」
佐奈江「なんかあったらいつでも言いなよ?貴文の事も。別れたっていいんだから。」
実花「もし、なんかあったら相談する。ありがとう」
佐奈江「ううん。」
佐奈江N「花のように笑う私の幼馴染は、毎日ミュゲの香水を纏っている。清楚で可愛らしくて。妹のような存在で。」
実花「ね、昨日ね、マフィン焼いたの」
佐奈江N「だから、守ってあげなきゃ。私が。」
……………………………………………
貴文「佐奈江。」
佐奈江「…。」
貴文「ごめん、連絡ありがとう。」
佐奈江「あんたさ。なんで殴れるわけ。」
貴文「いや、」
佐奈江「実花に手あげてさ。何してんのよ。」
貴文「…ごめん。」
佐奈江「…なんで?」
貴文「…別れたいんだ俺」
佐奈江「は?」
貴文「実花と、別れたい」
佐奈江「…別れたいから殴ったってこと?」
貴文「違うよ!」
佐奈江「なに?」
貴文「信じてもらえるかわかんないんだけど」
佐奈江「…」
貴文「最初は、本当に、事故だったんだ。俺、酔ってて、」
佐奈江「…」
貴文「仕事の愚痴言ってたらちょっと揉めて。何がわかるんだよ、って軽く実花のこと押したつもりが、勢いあまって…。」
佐奈江「それで?」
貴文「一気に冷めて、謝った。本当に申し訳ないことをしたって。」
佐奈江「なのに、また殴ったんだ。」
貴文「…俺だって、殴りたいわけじゃないよ…」
佐奈江「あんたね、」
貴文「実花が!言うんだ…。殴れって。」
佐奈江「なに、言って」
貴文「私が、全部受け止めてあげるからって…」
佐奈江「あんた、何言ってんのよ。」
貴文「…そう、だよな。」
佐奈江「…なんで実花が殴れなんて言うのよ。」
貴文「…いや、いいんだ。」
佐奈江「…意味わかんない。」
貴文「…」
佐奈江「意味わかんないけど、あんたもそんな男じゃないって分かってるから、尚更。わかんない。」
貴文「俺もわかんないよ。誰に言っても信じてもらえないし、実花もどんどんエスカレートして…別れたいんだ俺。」
佐奈江「…殴るのやめなよ。とりあえず。」
貴文「俺だってさ…やめたいよ。」
佐奈江「結局世間から見たらあんたが悪者だよ?」
貴文「分かってるよ。わかってるけどさ、」
着信音
貴文「あ、」
佐奈江「…実花?」
貴文「う、うん、ごめん、…もしもし、」
貴文「あ、いや、バイトは終わった。」
貴文「帰りに知り合いに会ってさ、話してて、」
貴文「お、男だよ!」
貴文「う、うん。すぐ、すぐ帰るよ。」
貴文「ごめん、連絡遅くなって、うん。わかった。」
切電
佐奈江「…あんた、大丈夫?」
貴文「え、あ、何が」
佐奈江「顔色、真っ青だよ」
貴文「だ、大丈夫。俺、そろそろ帰るわ。」
佐奈江「…また、話聞かせて。」
貴文「え、」
佐奈江「私で力になれそうなら、実花のためにも協力する。」
貴文「あ、ぅ、」
佐奈江「へ?」
貴文「っ、あ、ごめん、急に、」
佐奈江「何泣いてんのよ」
貴文「なんか、安心して、ごめん、ありがとう。」
佐奈江「…じゃあ」
佐奈江N「昔は、こんなやつじゃなかったのに。そればかりが膨らんで、頭の中がとっ散らかった。実花もいつもと違う、貴文もそう。どちらが悪いかわからなくなった。」
……………………………………………
実花「おかえり。」
貴文「た、ただいま。」
実花「おそかったね。」
貴文「ご、ごめん。」
実花「謝ることないよ。お疲れ様。」
実花「ご飯は?先に食べる?」
貴文「…」
実花「?」
貴文「あ、後で、食べる」
実花「…そう」
貴文「あ、いや、先に」
実花「そう」
貴文「手、洗ってくる…」
実花「うん」
実花「はい。シュッシュってして?」
貴文「え、消臭スプレー?」
実花「うん。」
貴文「え、あ、俺汗臭い?ごめん、」
実花「ううん。ジャドールの匂いがする。」
貴文「ジャドール?」
実花「佐奈江ちゃんの香水と同じ。」
貴文「?!」
実花「ほら食べよっか。」
貴文「う、うん。」
実花「ねえ。貴文。」
貴文「な何?」
実花「今日一緒にお風呂入らない?」
貴文「…」
実花「だめ?」
貴文「…いいよ。」
実花「ありがとう。」
貴文「ううん。」
実花「…。」
貴文「…」
実花「うれしい。」
貴文「…」
実花「ねえ。最近私ばっかり話してるね。」
貴文「いや、そんなことは」
実花「今日、何してたの?」
貴文「あ、し、仕事、」
実花「教えて?」
貴文「う、うん。今日は、」
………………………………………………………………
佐奈江「実花!」
実花「佐奈江ちゃんおはよう!」
佐奈江「あ、」
実花「?」
佐奈江「口、切れてるよ?」
実花「あ、ごめん、」
佐奈江「…また、やられたの?」
実花「…」
佐奈江「実花。ちゃんと話して。」
実花「社会に出るとね。ストレスが溜まるでしょ?」
佐奈江「…そりゃあ、多少はね。」
実花「発散しないと、爆発しちゃうもん。」
佐奈江「どう言う意味?」
実花「私、貴文が好きなの。」
佐奈江「うん。」
実花「何でもしてあげたい。私にできることなら何でも。」
佐奈江「…」
実花「あのね、佐奈江ちゃん。私、支えてあげたいの。ずっと隣で。」
佐奈江「それと、こういうのは関係ないんじゃない?」
実花「あはは、関係あるよ佐奈江ちゃん。何言ってるの?」
佐奈江「え?」
実花「こんなこと頼める人なんて普通いる?」
佐奈江「え」
実花「ストレス発散に殴らせてくれる人。佐奈江ちゃんにはいる?」
佐奈江「実花、何言って」
実花「いないでしょ?普通はいない。」
佐奈江「…」
実花「でも、私はそうなりたい。何でも受け止めてあげたいの。貴文が嫌なことで爆発しちゃわないように。」
佐奈江「ねえ、実花落ち着いて、」
実花「ねえ。昨日、貴文と会ってた?」
佐奈江「?!」
実花「貴文は会ってないって言ってた。」
佐奈江「わ、私は、」
実花「ねえ。佐奈江ちゃん。私の味方なんだよね?」
佐奈江「あ、」
実花「会ってた?」
佐奈江「…あ、会ってないよ。」
実花「…そう。」
佐奈江「…ねえ、実花。どうしたの?なんか変、」
実花「なんでもない。授業、行こっか」
佐奈江N「さっきまでギラついてた実花の目が、一瞬で普段と変わらないものになった。その日一日中普段通りで何事もなくただすぎていった。」
実花「うそつき。」
佐奈江N「帰り際そう聞こえたのは、気のせいだったのかもしれない。」
…………………………………………………
貴文「ただいま、」
実花「おかえり。」
貴文「…、どうしたの?」
実花「今日はしないね。ジャドール。」
貴文「…」
実花「ね。お風呂にする?それともご飯?」
貴文「ふ、風呂」
実花「そっか。」
貴文「あ、や、やっぱり先にご飯、」
実花「いいよ?お風呂が先で。」
貴文「あ、う、うん。」
実花「…」
貴文「…」
実花「…」
貴文「な、なんかあった?」
実花「え?」
貴文「いつも聞くのに、聞かないから。仕事の話。」
実花「ふふ、聞かせてくれるの?」
貴文「…」
実花「どんな嫌なことが、あったの?」
貴文「いや、今日は特に、」
実花「何もないの?」
貴文「う、うん。」
実花「そ。よかったね。」
貴文「うん、」
実花「…」
貴文「…」
実花「…貴文?」
貴文「な、なに?」
実花「浮気は、許されないよ?」
貴文「は?」
実花「浮気だけは、許されないよ?」
貴文「誰が浮気したんだ?」
実花「…ううん。なんでもない。ほら入っておいで、お風呂。」
貴文「あ、うん、」
実花「うそつき。」
………………………………………………………
佐奈江「よ。」
貴文「よ、ごめん。わざわざ」
佐奈江「いいよ。ほら、なんか飲む?」
貴文「じゃあ、コーヒー。」
佐奈江「またアザ。増えてたよ。」
貴文「…」
佐奈江「あんた達、どうなってんの?」
貴文「…わかんない。」
佐奈江「あのさ。子供じゃないんだからさ。」
貴文「もうわかんないんだよ。実花も俺も、どうしたらいいのか。どうしたら、終わるのか。」
佐奈江「…別れればいいじゃん。」
貴文「…」
佐奈江「泣くほど辛いんなら。実花にとってもそれがいいんじゃないの?別れたいって前も言ってたじゃん。」
貴文「言ったら、何されるか分かんないよ。」
佐奈江「実花に?」
貴文「…うん。」
佐奈江「大丈夫だって。しばらくは落ち込むだろうけどさ。私もサポートするし。」
貴文「…ごめん。」
佐奈江「…ここ、カフェなんだけど?泣かないでよ。」
貴文「うん、ごめん。俺、」
着信音
貴文「…あ」
佐奈江「実花?」
貴文「…うん」
佐奈江「電話でもいいから、言いなよ。」
貴文「…」
佐奈江N「かたかた震える貴文の指が、2人の関係の異常さを物語っていた。」
貴文「もしもし、」
貴文「今、知り合いと話してて。」
貴文「いや、違うよ、男の友達」
貴文「あの、実花」
貴文「俺、」
実花「佐奈江ちゃんって男の子だったの?」
佐奈江N「澄んだ声が店内に通った。」
実花「佐奈江ちゃんって、男の子だったの?」
佐奈江「あ、ごめん、実花、その」
貴文「あ、あ…」
佐奈江「実花気にしちゃうかと思ってさ、偶然貴文とそこで会って、」
実花「ふーん。」
佐奈江「実花?」
実花「ジャドール。」
佐奈江「え?」
実花「貴文、これがジャドールだよ。」
貴文「っ…」
実花「覚えた?」
貴文「…っ」
佐奈江「何言って、」
実花「ううん。なんでもない。なんの話ししてたの?」
貴文「そ、それは」
実花「何か言いかけてたよね?なに?」
貴文「お、俺、」
佐奈江「実花の、」
佐奈江「実花のプレゼント、考えてたんだよ。」
実花「…私の?」
佐奈江「ほら、もうすぐ誕生日、でしょ?」
実花「…」
佐奈江「サプライズ、しようと思ってたのにな、バレちゃったね、貴文。」
貴文「あ、う、うん、」
実花「…」
実花「なーんだ。嬉しいありがとう」
佐奈江N「青ざめた貴文の顔、実花の空洞な目。咄嗟についた嘘は引き攣っていて恐ろしかった。」
実花「じゃあ、私行くね。」
佐奈江「う、うん。」
貴文「…」
実花「今日はちらし寿司だよ。貴文。」
実花「じゃあ。」
佐奈江N「実花が立ち去った後、貴文は口元を抑えて化粧室へ走って行った。」
佐奈江N「この時の私はそれでもうまくすり抜けたと思っていた。」
…………………………………………
佐奈江N「あれから1ヶ月が経った。実花は相変わらずへらへら笑っていた。貴文ともたまに会っては話を聞いていた。」
実花「明日、20時に遊びに来ない?」
佐奈江N「実花が家に誘うのは初めてだった。」
実花「貴文と3人でみようと思って面白い映画借りたんだ。」
佐奈江N「3人で会うのはあの喫茶店以来初めてで、ようやく誤解が解けたんだと、私は安心しきっていた。」
実花「佐奈江ちゃん!」
佐奈江「わ!実花!びっくりした!」
実花「靴並べてたら音聞こえて!いらっしゃい!」
佐奈江「あ、う、うん!お邪魔します。」
実花「今日三限までだったからさ、結構料理頑張ったんだよ?」
佐奈江「言ってくれれば手伝いに行ったのに!」
実花「だめだめ!今日は佐奈江ちゃんお客さんなんだから!」
佐奈江N「招き入れられた部屋は実花の香水の匂いでいっぱいだった。」
実花「あ、さっき瓶落としちゃって、匂いすごいでしょ。ごめんね。換気したんだけどさ、」
佐奈江「怪我しなかった?」
実花「大丈夫だよ。手が滑って。」
佐奈江「そう。じゃあよかった。私この香り好きだし、大丈夫だよ。」
実花「そ?」
佐奈江「そういえば、なんて香水なの?」
実花「ゲランだよ。」
佐奈江「あ、あの可愛いボトルのやつね。」
実花「そう。落としちゃって粉々ー。」
佐奈江「怪我がなくてよかったじゃない。」
実花「そうだね。」
佐奈江N「ダイニングテーブルを見ると、2人分の食事の準備がしてあった。」
佐奈江「あれ?貴文食べてくるの?」
実花「ん?ああ、ご飯?」
佐奈江「うん。もしかしてまだ準備してる途中だった?」
実花「ううん。遅くなるらしいから先に佐奈江ちゃんと食べてようと思ってさ。」
佐奈江「そっか。」
実花「奮発してステーキにしちゃった!もう焼いてもいい?」
佐奈江「あ、うん!手伝うよ」
実花「だめだよ。」
実花「今日はお客さん、なんだから。」
佐奈江N「執拗にキッチンに入れてくれない実花は、私を椅子に座らせた。」
佐奈江「あのさ、これ、美味しいって友達が言ってたワイン買ってきたんだけど」
実花「え!ありがとう!コルク?」
佐奈江「そう。あ、コルク抜きある?」
実花「あるよ!開けてくるね!今飲んじゃお!」
佐奈江「貴文待たなくていいの?」
実花「一杯だけ!乾杯しよ!」
佐奈江「じゃあ、味見しよっか!」
実花「うん!冷たいけど、冷やしてたほうがいいよね?」
佐奈江「そうだね。氷とかないよね」
実花「貴文帰ってくるまでの分はないかもね。冷蔵庫入れとく!」
佐奈江「ありがと。」
実花「こちらこそ。ありがとう!」
佐奈江N「肉の焼ける音、細いグラスに注がれた白ワインがゆらゆら揺れる。」
実花「乾杯。」
佐奈江N「夜が、始まった。」
…………………………………………………………
貴文「ただい、ま」
実花「おかえりなさい。」
貴文N「いつもは玄関で迎えてくれる声が今日はリビングから響いただけだった。」
貴文「誰か、来てるの?」
実花「うん。貴文も知ってる人だよ。早くおいで?」
貴文N「靴を脱いで、揃えられたスリッパを履いて、リビングへ向かった。」
実花「おかえり。」
貴文N「笑顔の実花と、椅子に縛られた佐奈江が見えた。」
貴文「な、なに」
実花「貴文。」
貴文「なにやってんだよ、お前!」
実花「貴文。」
貴文「やめ、やめろよ、実花!」
実花「浮気はダメだって、いったでしょ?」
貴文N「佐奈江の口にはガムテープ。その目は実花への恐怖で満ちていた。」
実花「佐奈江ちゃんも、貴文も。いけないなあ。」
貴文「い、言っただろ!何も、何もないんだって!」
実花「2人で内緒で会ってたじゃない。あれからも、何回も。」
貴文「ちが、あれ、は。相談にのって貰って、」
実花「私でいいじゃん。相談のるのは。」
貴文「いや、あの、」
実花「私に言えない話なのかなあ。」
貴文「その、」
実花「そんなの、ないでしょ?」
実花「だって私は、何でも捧げたよ?貴文の為に、何でも受け止めたよ?そんな私に言えない話って。そんなのないでしょう?」
貴文N「俺はこの実花の目が怖かった。何もかも見通したようで、何も見えていないこの目が怖い。」
実花「ほら、このアザ。一昨日貴文がつけたよね。理由、覚えてる?仕事先との取引が上手くいかないって大変そうだったからここに発散したでしょ?」
実花「ここは?この傷跡。覚えてる?2ヶ月前私を突き飛ばした時あの棚でついた傷。貴文のお母さんが就職のこと執拗に聞いてきたから嫌だったんだよね。」
実花「貴文。私、何でも受け止めるよ?」
貴文「…わかった、わかったから。佐奈江の口、外してやれよ。」
実花「…いいよ。」
佐奈江「っ、実花、実花ごめん、わた、私、」
実花「佐奈江ちゃん、謝ってばっかだからお口塞いでたんだよ?何回も言ってるじゃん。」
佐奈江「た、貴文、ごめん、私、」
貴文「佐奈江ごめん、俺のせいで、」
実花「あー。」
実花「あー。いけないんだー。この期に及んでー。」
佐奈江「ひっ」
貴文「実花…」
実花「私の前でまたそんなこと。私が悪者みたいじゃん。ねえ。何でそんな目で見るの?」
貴文「実花、俺、」
実花「なに?」
佐奈江「貴文、」
貴文「俺、俺たち、このままじゃダメだと思って、俺実花と別れ、」
実花「なに言ってるの?」
貴文「わかれ、たくて。」
佐奈江「貴文…」
実花「…いけないなあ。それじゃ私バカみたいじゃん。」
佐奈江「実花、貴文はずっと悩んでたよ。実花が何でも許しちゃうから、どうしたらいいかわかんなくって、私なんかに相談しちゃって。でも、実花のこと嫌いになったとかじゃなくてね。ちょっとだけ距離を置く方が2人のためなんじゃないかって、私も思うよ。」
実花「貴文。じゃあ、これは?この傷は?私何でも受け止めたよ?貴文が辛くならないように。何でもしたよ?ねえ、なんで?それがいけないことなの?」
貴文「ごめん、実花。俺、実花に発散したいとか、思わないんだよ。」
実花「今更?今更じゃない?そんなの一言も言わなかったよ?」
貴文「怖くて、言えなかったんだ。」
実花「何言ってるの?貴文も佐奈江ちゃんも、そうやって訳わからないこと2人で言い合って結託して。ああ、そういうこと?」
佐奈江「実花?」
実花「ああ、そっか。私が悪者で私が邪魔者だったってこと?」
貴文「違うよ、実花」
実花「そっか、言ってよそうやってはっきり。実花馬鹿だからわかんないよ。」
佐奈江「違うの実花、私達はそんなんじゃなくて、」
貴文「俺が頼り切ってただけだよ。佐奈江は悪くない。」
実花「…貴文が頼り切ってたのは。私のはずでしょ。」
実花「愛してるのは、私のはずでしょ。」
実花「そんな存在。2人もいらない。」
貴文N「実花は朧げな足取りで、佐奈江の後ろにまわった。」
佐奈江「実花?何を」
実花「私、佐奈江ちゃんは許さないよ。」
貴文「な、」
佐奈江「く、」
実花「好きでもない、愛してもない人のことなんて、許してあげない。」
佐奈江「っ、み、…か」
実花「貴文。私だけみてて。邪魔者は私が無かったことにしてあげるから。ね?許してあげるから。」
貴文「やめ、やめろよ、実花!」
実花「っ、!」
貴文N「佐奈江の首を締め上げる実花の手を掴んで、引き剥がした。その勢いのまま、ダイニングテーブルに飛んでいきグラスの割れる音と花瓶の水が落ちる音が部屋中に響き渡った。」
佐奈江「げほ、ごほ、っ、はあ、」
貴文「大丈夫か?佐奈江、ごめん、俺のせいで、こんなこと」
佐奈江「…大丈夫、実花は…」
貴文「あ、」
実花「っ、許して、あげるよ。」
貴文「み、か」
佐奈江「実花?!」
実花「ね。貴文?」
佐奈江N「赤い雫が実花の顔を伝う。飛び散ったガラスがキラキラ光った。」
実花「ほら!みてて佐奈江ちゃん!私、今から貴文に愛されるから!ねえ!佐奈江ちゃんにはできないよね?」
貴文「っ、くそ、」
佐奈江「貴ふ、」
貴文「くそっ!くそおおおおおおお」
実花「ほら、あいして。」
佐奈江N「ダリアが、笑った。」
ダリアは床で嘲笑う 有理 @lily000
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