第27話 雛の宿

「何故このような時期に?」


思わず女将に聞いた。


「ただの飾りでございます」


返ってきたのは答えともならぬ答えであった。納得できる筈がなかった。師走の旅館に飾られるには、節句が一つ二つずれている。



あてがわれた部屋の中、圧倒的な存在感を誇って鎮座していたのは、平飾りの男雛おびな女雛めびなであった。心と身体を休める一人旅の予定表には組み込まれてはいなかった存在である。窮屈だから片付けてくれと頼んだが、女将の答えは同じであった。それ以上もそれ以下も答えるつもりはないらしい。皮肉のような「ごゆっくり」という言葉を最後に、とうとう部屋に一人取り残されてしまった。



これでも女の端くれ、雛人形が嫌いだというわけではない。細やかな刺繍が施された十二単を身に纏った女雛と、唐衣からぎぬの中から凛々しい表情をみせる男雛は、紛れもなく職人の技術の結晶であろう。 突飛な対面によりいくばくかの薄気味悪さは感じたが、実際、運ばれてきた御膳と銀世界を見渡す温泉に比べてしまえば…


雛は、成程、飾りでしかない。

その異様さにも、じきに慣れてきた。



ゆったりと流れる時間の中、重くなり行く瞼に従って布団に潜り込んだ。部屋に行灯あんどんはなく、真っ暗では落ち着かないため、変わりに雛台の脇に備えられた雪洞ぼんぼりをつけた。暗闇の中に浮かび上がる雛達が妖艶な表情と影を作り上げている。まあ、考えようによってはこれも風情といえなくもない。


そうしていつしか意識は暗闇に落ちていった。



明朝みょうちょう、目が覚めると部屋から雛が忽然と消えていて酷く驚いた。朝食を運んできた女将にいつ片付けたのかと問うと、少々の間を置いて返ってきたのは、



「ただの飾りでございましたので」


という答えともならぬ答えであった。           



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