第22話 京のトンネル

自分の愚かさに対面することとなったのは、バス停を降りてすぐのことだった。右手に見えた仄暗い色を称えた建築物が、紛れもなく今回のメインらしい。



「うちの知る限り、ここが一番やわ」



そういって半ば無理やりに連れてこられたトンネルは、いわゆる心霊スポットとして名高いものだった。京都の山間を十五分ほどバスに揺られると見えてくる。さながら地獄の入り口のように、かぱりと口をあけている。しとしとと降る雨の中、小さいながらもどっしりと存在していた。



「なんや、運がええんちゃうか!」



バスから降りるなり、カナエはうれしそうな声をあげた。「みてみい」と言われカナエが指さす方向をみると、トンネルの前に古い信号機がある。


青だ。


このトンネルはみたところ車一台分の幅しかないが、機能はしているようだ。丁度、一台の軽自動車がびちゃびちゃと水をはね散らしながら穴に吸い込まれていくところだった。薄暗い夕暮れ時、強く白い光を放っていたバックライトは驚くほど早く闇に消されていった。


カナエを振り返ると、「めっちゃ、良さそうやろ」というわけのわからないことをのたまう。ここに来るまでの間も、こんこんとこの地にまつわるうわさ話を聞かされた。


幽霊が出るのは昔このトンネルの上には処刑場があり、処刑されたものたちの霊魂がさまよっているからだとか、入り口手前にあるカーブミラーに映らないと死んでしまうとか。入るときに青信号だと「向こうの世界」に誘われ、連れて行かれてしまうだとか。正直あほらしい。


「京都は、ぎょーさんおんねんで、怨念が、ってなぁ!くはは」


別に何も面白くないのだが、カナエは上機嫌。エセ関西弁を駆使しながら怪談話を語ってきかせようとしてくる。こちらとしてはごめん被りたいところだが、一度火のついたカナエは、面倒くさいことこの上ない。


せっかく京都まで来たのだから、こんな鬱々としたところよりも、紅葉の下でお茶と和菓子を頂いたり、舞妓さんの踊りをみたり、立派な歴史建造物を見物したり。そういうところにいきたかった。何が悲しくて、心霊スポットなんかにこなければならないのか。


「ほなら、いこか!な!」


カナエのにやけ顔に苛立ちすら覚えた。思えば、昔からこうだった。怖いものがすきというよりは心霊探検だとか、廃墟のあら捜しとか、そういうものにスリルを求める。


そのくせ不可解な物音ひとつでもすれば一目散に逃げ去る、少し卑怯な子だった。そう、だからカナエは一人で心霊スポットに入ったことなどない。事前の情報だけは豊富に取り揃え、一緒にいく人間をびびらせて楽しむ。とんでもない性悪だと思う。2年前、父親の転勤で京都の片隅に移り住んだ影響でこの悪趣味は、どうやらますます育まれていたようだ。数日前に京都旅行にいくことを伝えた時、


「今の京都は人が多すぎてあかん。紅葉なんかまともにみれへんで。それよりな、穴場があるんよ。そっちいこうや」


との言葉につられ、ついてきたのがそもそもの間違いだった。


引きずられるようにしてトンネルに足を踏み入れると、ぬるい風が僅かに感じられたが中は真っ暗で反対側の光は見えない。穴全体がぎっしりと詰まっているようだ。


得体の知れない、闇に。


なるほど、これが京都でも指折りの心霊スポットと名高い理由のひとつか。一度足を踏み入れてしまえば、あとは肌に食い込むような重い闇に包まれる。どうやらこのトンネルは中で僅かにカーブしているらしい。出口は見えないし遠いが、外に出るにもなんだか後ろを振り向くのは何だか躊躇してしまう。この場所の魔力のようなものだろうか。


「ここはな、恨みを持った霊でいっぱいなんやて。それもな、皆ここで自殺した人のもんなんやで」


低めに話すカナエの声も、反響してトンネル内にわんわん響く。カナエの目は相変わらず嫌な光をたたえているが、サークルの先輩にきいたというその話。尾ひれが沢山ついて、本当はどんな心霊現象が起こるのか判然としない。


こんな狭くて細いトンネルの中を時折、車がすれすれを猛スピードで走り抜けていく。そっちのほうがよっぽど恐ろしかった。


雨だれが壁を伝い、側溝にたまってゆく。車がくることを考えて端によると必然的に足元で水がはねた。カナエが語る「怖ぁい豆知識」を完全に無視しながら歩き、二十分ほどかけて漸く視界が開けた。




「どうやった?」

「まあ、確かに雰囲気は怖かったね」

「なんか視たんちゃうの?なんもいわへんかったやん」


カナエの声の上ずりようったらなくて、思わず笑いそうになる。何も話さなかったのはカナエのいうことに取り合うのが面倒だったから、なのだけど。まあでもあながち間違いじゃない。


あの闇には確かに居る。

ぎっしりと詰まってる。


「お持ち帰りしてへんやろな」

「そんなもん、ないでしょ」


徐々に調子を取り戻したおどけ声に淡々と返す。

少なくとも、私はそんなへまはしない。


私は、あの人達をばかにしたりしない。


カナエ、そろそろやめたほうがいいんじゃない?

その重みに、足をもがれて歩けなくなるよ。



カナエの足首から伸びる沢山の人影を踏まないように、そっと先行く彼女をおいかける。今日の夜は京野菜のお膳でも食べたいな。





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