第21話 ドッペルゲンガー
中学3年生のある夏のことだ。
私は身に覚えのないことで色々な人に怒られることが続いていた。それには不思議な共通点があった。それはその時私が居るはずのない所に私が居るというもので、そもそもの始まりは厳しい生活指導の先生に呼び出されたことだった。
「お前みたいに今まで悪さしたことないやつが、珍しいことをしたもんだな」
放課後、職員室に入ってきた私に向かって先生が不思議そうに言う。なんのことですかと聞き返すと、先生は少しむっとした表情で「わからんのか、シラを切るつもりなのか」と言った。
そんなことを言われても、本当にわからないのだから仕方ない。
「だから…なんのことですか」
先生は溜息をひとつ吐き、話し始めた。
それによれば、今日の午前中、学校の近くで見回りをしていた先生が、うちの学校の制服をきた女の子が学校へ行かず本屋で立ち読みしているのを見つけ、叱ろうとしたが逃げられた。追いかけるときにちらりとみたその顔はまさに私だったのだという。
その話をきいて私は逆にむっとした。
それは、完全に先生のカン違いだ。
今日の午前中、私はしっかりと退屈な数学の授業を受けていた。学校にいた証なら担任と数学の先生がしっかりとっていてくれているはずだ。うちの学校は少し乱暴なやつや、ルールが大嫌いなやつがいて、毎日誰かしらの指導をしなければならない先生には頭痛の種に違いない。
でも、私の場合先生がいうようなことはしていないのだから、謝るわけにもいかない。結局、担任の先生が出席簿を確認し、私は本屋になど行っておらず、朝の8時30分には学校についていて、授業を受けていたということがはっきりした。
しかし、その一週間後に私はまた呼び出されることになった。
今度は、隣にある小学校からの連絡で、私が昼間に制服で学校内を歩き回っていたという。それどころか、小学校の先生にしっかり名前まで言っていたらしい。
当然その名前と制服を頼りに連絡が入ったそうだが、その時間私はやっぱりこの蒸し暑い中学校の教室で、授業を受けていた。出席簿を見ればそれは明らかで、今回も私が何もしていないことがはっきりしたが、担任も指導の先生もそして何より私も、もやもやしたものを抱える結果となった。
もしかしたら、私にそっくりな誰かが私の名前を使って悪さしているのかもしれない。それなら迷惑な話だ。これから高校受験だというのに、こうも怒られ続けちゃたまらない。納得できないまま職員室から出たとき、丁度廊下にいた同じクラスの真弓に声をかけられた。
「あれ?いつの間に戻ってきたの?」
「え、何が?」
「だってついさっき、下駄箱で別れたところなのに」
変な感じがした。
親が厳しく、門限がある私は授業が終わるとすぐに学校を出る。掃除当番の真弓はその時間ちょうど下駄箱の掃除をしているから、帰りがけにはいつも顔を合わせていた。しかし、今日は授業が終わってそのまま職員室に呼ばれたわけで。
「私、下駄箱にはいってないよ?」
きょとんとする真弓との間に、妙な空気が流れ始める。
「いや、でもあんたの顔、見間違えるわけないよ」
少し気味悪そうに、真弓が言った。
どうやらそっくりな誰かではなく「私ではない私」がそこらへんを歩き回っているようだった。その後も色んな人から「見た、見てない」と噛み合わない会話をすることが続いた。そのたびに妙に冷えるような気持ちになっていた。
そしてそれはだんだんと、本当の私がいる場所へ近づいてきているような感じがする。最初は、街の図書館、次は隣の小学校、そして学校の中。私ではない私の影を感じながら気味の悪い毎日を過ごしていたある日のこと。
この日は、長い長い委員会を終えて家に帰ってきた。門限はとっくに越えてしまっていたが仕方ない。だというのに、疲れて帰ってきた私を玄関先で出迎えたのはお父さんとお母さんの怒鳴り声だった。
「今までどこに行ってた!今何時だと思ってる!」
「こんな夜遊びして、高校受験に落ちても知らないわよ」
お父さんのうるさい怒鳴り声、それからお母さんのいやみが頭に響いてうるさいったらない。普段から門限は夕方6時。普通に帰っても家に着くころには5時半くらい。中学生なんだから、学校帰りに友達と買い食いをしたり、寄り道をしたりしたい。でもそれを許してくれない厳しい親だった。
だけど今日は7限の勉強会と委員会があるから遅くなると言うことを朝きちんと伝えたのに、それを聞いたはずの両親にこんなに怒られるようないわれはない。
「ちょっと待ってよ。何怒ってるの?今日は遅くなる日って言ったでしょ」
思わず反論する私に、
「あなた5時半には帰ってきたじゃないの」とお母さんが言った。
時計を見れば今は8時。5時半は確か委員会が始まった時間だったはずだ。
また、変な感じがする。
聞けば5時半に玄関の開く音と「ただいま」という私の声がしたのをお母さんが聞き「おかえり」とリビングから返事をした。そのまま2階にある私の部屋へ上がっていく足音がして、部屋に入る音と戸を閉める音も聞いたという。
暫く後にお父さんも帰ってきて、晩御飯の支度ができたので階段の下から呼んだが返事がない。
寝ているのかと思って私の部屋へ行くと電気点いておらず、私が居ない。慌てて玄関を見ると靴も無い。私が勝手に家を抜け出したと思ったそうだ。
「今までそんなんしたことないじゃんか」
私がなだめるようにそう言うと、一瞬黙ったあと、
「確かに」
「まぁな」
との返事で二人は落ち着いたがその場の全員がまたもやもやとしたものを抱える羽目になった。結局、お母さんのカン違いということに無理矢理片付けたものの、頭ごなしに怒鳴りつけたことをお父さんが謝らないのが少しだけむかついた。
もやもやしたまま、三人でテーブルにつき、晩御飯を食べ始めた。お父さんはいつものようにテレビのニュースをつけ、そちらに難しそうな顔を向けながらご飯を食べる。私とお母さんはその日あったことを、ぽつぽつと話していた。
ニュースの音
窓の外から聞こえる車の音
食器がカチャカチャと鳴る音
その中に、ギシッという音が時々リビングの天井から聞こえてくることに気付いた。お父さんもお母さんも気にしていないらしい。この上は私の部屋。
誰かいるのかな。
そう思ってすぐに「ありえない」と思った。兄弟もペットもいないのに。きっと疲れてるからだ。こういうのラップ音っていうんだっけ。お化けがいると鳴るっていう。お化けなんているはずないのにね。ご飯を食べたら部屋でゆっくりと休もう。今日は本当に疲れちゃった。
そう考えながら、少し硬くなったご飯を口におしこんだ。
了
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