第16話 不死身のお母さん


「お母さんは不死身だから」



それがお母さんの口癖でした。身体の弱かったお母さんは、怪我をしたとき、熱を出したとき、お腹が痛いとき。いつも私と弟にむかって笑顔でそういうのです。


「不死身だから絶対に死なないの。だから大丈夫、心配しなくていいんだよ。絶対いなくならないからね」




ある日の事です。お母さんが交通事故に遭いました。轢き逃げをされてしまったのです。フラつきながら帰ってきたお母さんはとても青白い顔をしていました。私たちは心配して何度も聞きました。


「お母さん、病院に行かなくていいの?」

「何を言ってるの。いつも言ってるでしょう?お母さんは不死身なんだからこんな事くらい全然大丈夫に決まってるじゃない」


でも、私達にはお母さんが大丈夫そうには見えませんでした。明日になったら2人でお母さんをお医者さんに連れて行こうね、そう弟と約束をして眠りにつきました。



でも、お母さんは翌朝には死んでしまいました。



どうしよう?私と妹は当然困りました。私達の家族は母子家庭なのです。お母さんを失ってしまって、これから一体どうやって私と妹は生きていけば良いのでしょう。ところがその時、声が聞こえたのです。



「お母さんは不死身なのよ」


そうです。


私と弟はその声に一瞬驚いたけど直ぐに納得をしました。お母さんは不死身だったのです。こんな事くらいで死んだりする訳はなかったのです。だからお母さんは生きているんです。どんなに死んでいるように見えたとしても。


私と弟はそれからもお母さんの助けを借りて日々を暮らしていきました。あれからお母さんは寝たきりになってしまいましたが、私達にお金の場所や銀行への振り込み方を教えてくれました。知らなかったけれど毎月国からお金をもらっていたみたいです。料理の作り方なんかを教えてくれます。おしゃべりだって楽しくて、暮らしていくのに何も困る事はありませんでした。



ところがです。



ある日、隣の家の人が何を勘違いしたのかわかりませんが、腐臭がするだとか言って、警察に私達の家の事を連絡してしまったのです。


そのせいで、武骨な警察官が、たくさん私の家に押し入ってきました。そして「君達のお母さんは死んでいるじゃないか」と繰り返すのです。私は何度も説明をしました。


「お母さんは不死身なんです。だから、生きてるんです。死んでなんかいません」


でも警察官は全然聞き入れてくれなくて、お母さんを何処かに連れて行こうとするのです。そんな事をされたら私達は生きていく事ができなくなってしまうのに……


私達は随分と抵抗をしたのだけど、結局お母さんは連れて行かれて、不死身なのにお葬式が行われる事になってしまったのです。


それで、そうして、そうやって。

とうとうお母さんは焼かれてしまいました。


もう駄目です。なんて事をしてくれたのでしょう。

これでは幾らなんでも、もうお母さんは帰ってはきません。


しかし、その日の晩の事です。

私達の耳にこんな声が聞こえて来たのです。



「お母さんは不死身なのよ」



そうです。



忘れていました。お母さんは不死身だったのです。例え焼かれたって私たちのお母さんは強いのです。炎なんかには負けなかったのです。窓の外では灰がチラチラと舞っていて、そしてそれが窓から入ってきました。



「ただいま」



そうして、お母さんは帰って来たのです。





執筆時期:2013年

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