第14話 没落

その日の夜、友人のタクミが息を弾ませながら我が家を訪ねてきた。


「やっとできたぞ!」


そういいながら見せてきたのは、身の丈150センチはある女性の人形だった。何も纏っていないその姿は、恥じることなく、すらりとした身体を見せ付けている。まるで生身のように、ほんのりと色付いた頬、くすんだ柔らかな茶髪、その目に埋め込まれた黒曜石は、血のようにてらてらと輝いている。



「どうだ、これが俺の最高傑作だ」



人形を抱き寄せながらタクミがいう。確かにそうだろう。人形作りを得意としている彼の作品はこれまで何度も見てきたが、それらとはどう考えても格が違う。


目の前のこれは、今まで彼が作ってきたどの人形よりもはるかに大きく、はるかに繊細なつくりをしている。普段は小型の球体間接人形を扱っている彼にとっては、大いなるチャレンジだったろう。



しかし、その人形に触れてみたいとは思えなかった。その肌が、温もりを持っていたら。その胸がとくとくと鼓動を刻んでいたら…見ているだけでそんな想像が膨らんでいく。彼の傑作はあまりにも美しい。


そしてむごたらしいほど、彼女に似ていたのだ。



「これじゃあ…まるで、カオリじゃないか」

「何言ってんだ、カオリを作ったんだよ」



当たり前じゃないかとでも言わんばかりのタクミの笑顔をみて、ぞくりとした。



「記憶の中のカオリを作った。顔も、手足も、白い肌も、この髪も、あいつの気にしてた小さな胸も、あの時のままさ!生きてたときと何も変わらない!」



「お前にはわかんねえかもしれねえけど、興奮するんだ…最初は骨組みだけで、物とも呼べないこいつが、だんだん形になっていくさまを見るのは。肉がついて、人間の形になって、あいつに合わせて削っていって、そんで色を作る。アトリエにおいて置くと、いつも俺に訴えかけてくるんだ。あの可愛い声で、早く目がほしい、足がほしいって」



「あぁ、今そんなわけないって思っただろ。わかんねえだろうなあ、わかんねえだろうさ!作り手にしかわかんねえもんがあるんだ!俺にはしっかり聞こえてたんだ、カオリの声が!これはカオリなんだ。それだけじゃない!ちゃんとカオリの魂もこめてある。完璧だろ?これで元通りだ。これでまた三人で楽しくやれるんだ!」




もう、何も言いたくなかった。

何も聞きたくなかった。

終わりにした筈だった。

気持ちの整理をつけたばかりだ。

なのに、なぜ。



人形を直視できずに目を閉じると、生前のカオリの姿がありありと瞼の裏に蘇った。昔から三人一緒だった。男二人に女一人。恋愛感情も持ったこともあったが関係が壊れるのが嫌で、その思いを公にすることはしなかった。恐らくタクミも同じだったんだろう。


だが、そうして過ごしていた毎日は失われてしまった。酔った車に何もかも引きちぎられてしまった。彼女の美しかった身体は原型をとどめないほどに壊されてしまった。



ささやかな葬儀が終わった後、タクミはこぶしを握り締めながら搾り出すような声でいったのだ。


「俺が、作ってやる」


それがどういう意味かなんてすぐにわかった。何故あのとき止めなかった。猛烈な後悔が頭に渦巻いた。


「ああ」


それは、突然だった。


男二人しかいないはずの部屋の中で小鳥のようなか細い声がした。戸惑う俺とは違い、タクミが嬉しそうな顔をした。そして腕の中のカオリを更に抱き寄せて言った。



「そうだよなぁ、お前もうれしいよな」


お前は…何を言ってるんだ。

言葉は喉の奥に張り付いて出てこなかった。



「あああ、うああ」

「これからはずっと一緒だ、また三人で仲良くやろう」

「ああああああ、うああああ」



あまりに異常な光景だった。小さな口をあけて空を見つめて呻く人形と、その手を握りながら話しかける壊れた友人。耳鳴りがする。タクミが俺に向かって何か言っているが聞き取れない。こんなんじゃない。嫌だ、嫌だ、こんなのを望んでいたんじゃない!



「タクミ、帰れ、帰ってくれ!そいつを連れて帰れ!」


絞まっていた喉から飛び出した大声をあげながら、抵抗するタクミを力だけで家から押し出した。忌々しい人形も暴れるタクミの腕に押し付けた。玄関の外で罵声をあげながら扉を叩く友人と人形が、心底怖かった。



あんなものはいらない。



あきらめたのか、扉を叩く音は次第に消えていった。どっと疲れが身体に押し寄せてくるのを感じ、部屋を暗くして布団に入り込む。



「ああ、ああああ」



さっきの声が耳に張り付いて離れない。あれは、かつて一度だけ聞いたことのある、カオリの声だった。タクミに隠れて二人で一夜を過ごしたときのものだ。


ベッドの足元に転がるカオリの頭部が宙を見つめている。タクミと組み合った弾みに壊れて取れてしまったものだった。


明日返すからさ、ごめんな、タクミ。


小さな声をあげ続けるそれを掴みあげて、腹のあたりで抱きしめた。どうしてこんなことをしているのか、自分でも分からなかった。布団の中で、カオリが一際高い声をあげたのを聞き届け、俺は頭と体が深く沈んでいく感覚に、身をゆだねることにした。




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