第12話 おはなしさがし

私の小学校には怖い話というものがない。


普通ならきっとわくわくするような怖い話が沢山あるに違いない。トイレの花子さんとか、桜の木の下には死んだ人が埋まってるとか、夜になると理科室の骸骨が動き出すとか。


私の通っている小学校はとても大きくてお洒落な造りをしている。昔アメリカ人の夫婦が住んでいた豪邸をリフォームして造られたらしい。とはいえ教室を作り、ドアを増やし、黒板をつけたというだけで、殆ど昔のままらしいが、古さを全く感じさせない。もちろん学校の中でやることは他と変わらない。普通のことを学び普通の給食を食べる。それでもこのおしゃれな学校は子供たちにとって憧れの「入りたい学校」ナンバーワンだ。


私もこうして学校に入るまではその中の一人だった。実際にはないけれど、シャンデリアが似合いそうなホール。しかし高学年にもなってくるとその感想もどこへやら。普通の学校にあこがれさえ感じてしまう。1年生のときには全部が輝いて見えた学校の景色にも見慣れてしまったし、もうひとつ私にとってはとても大事なことがここにはなかった。


それが怖い話。地域の図書館の怪談コーナーにはそういう学校の七不思議が沢山紹介されてた。ついに本物に会えると思ったのに。


トイレの花子さんはいない。代わりにお庭のメリーさんならいる。メリーさんはいつも校庭のすみっこにいる、もこもこで、ふわふわな…おばけじゃなくて、ひつじさん。怖いどころか可愛くて見ていると幸せな気分になってくる。4時44分にあの世へ連れて行かれてしまうような大きな鏡もないし、赤いちゃんちゃんこの話もない。これじゃあまりにも退屈すぎるよ。


この学校に入って6年目。そして怖い話を探し始めて同じく6年。行き先のない文句は幼馴染のアキラにぶつけるしかなかった。放課後クラスのみんなが帰ったあと、私はもう何度目かの提案をした。


「怖い話をつくりにいこうよ」


アキラはまたその話かとでも言いたげな顔。


「誰もいない音楽室からピアノの音がきこえてくるんだって!」

「誰かがひいてるんだろ」

「それが、誰もいなかったらしいの!本当だよ!だってこの話、友達の妹の友達が…」

「じゃあその見たってやつ連れてこい」


おばけなんて不思議なものを信じないアキラはぶっきらぼうにいった。興味のないことにはいつもこうだ。仲良しの女の子たちは怖いものが大嫌い。だから一番話しやすいアキラに話したのに。


「だって、今年で卒業なんだよ?」

「だから?わざわざ怖い話なんかつくる必要はないだろ」

「この学校の皆へのプレゼントだってば!」

「超いらない」


いやいや、いるってば。少なくとも私は欲しかった。

そんな気持ちで睨みつけるとアキラが溜息をついた。


「わかったよ…つきあってやる。ただし今日だけだからな。ほんとに馬鹿馬鹿しい」


聞くなり私は大喜びでアキラの手を掴んで教室を出た。善は急げ、ってお母さんが言ってた。意味はたしか、いいことは早くやったほうがいいみたいな感じだったはず。


とはいえ怖い話を無理矢理作れそうなところなんて多くはない。メリーさんは、朝みても昼みても可愛いのだから、夜に見ても可愛いに違いない。屋上は先生と園芸当番がお花を育てている素敵なお庭。そもそも先生の持っている鍵がないと入れない。そしてトイレは全部洋式のピカピカトイレ。古い学校にあるような今にもお化けが出そうなひび割れた壁、うす汚れた便器、ギギギィと軋むドア。どれもこれもうちの学校にはない。


あと学校で怪しいところといえば…北側の階段くらい。太陽の光が入らないから上の階にいくについれて、だんだん暗くなり不気味な雰囲気だけはある。


13階段になぞらえようとしたけれどここは10段。結局こじつけのように色々考えたけれどいい話は出てこなかった。ぶつぶつと呟きながら階段をさまよう私を見て、「お前のほうがよっぽどホラーだよ」と一番下の段に座って本を読んでいたアキラがつまらなさそうに言った。


「おい、もう下校の時間だ。帰るぞ」

「えー!あと少し…」

「だめだ、先生に怒られるぞ」


アキラに手をひっぱられながら下駄箱へと向かう。諦めて靴をはきかけたとき顔にかかる前髪で私は気付いた。


「あれ?…髪留め落とした?」


お母さんに買ってもらったリボンの形をした髪留めは私のお気に入りで毎日つけていた。ここに来る前にトイレで鏡をみたときにはあったから、落としたとしたらやはり階段をうろうろしていたときだろう。


「髪留め、階段のとこに落としちゃったみたい。先に帰ってて」


アキラが呼びとめる声を振り切って階段へ向かった。足元を探しながら階段を登っているとふいに上から階段がきしむ音がした。


あれ、と思った。


明治時代にたてられたこの建物は石造りだ。そんな軋むわけが、ないだろう?なんとなく寒気がして階段を見上げるとそこには金髪に青い目の男の子がたっていた。


「あんただれ?」


びっくりして声をかけたけど、男の子はにこにこ笑うだけ。


「うちの学校の生徒?」


そう聞いても相変わらずにこにこ笑うだけ。その笑顔がなんだか怪しい感じがして嫌な気分だった。アキラを呼んだ方がいいかな。なんとなく下駄箱の方向を振り向いた瞬間、男の子が落ちてきた。


頭からまっすぐすべるように。男の子は階段にも手すりにもぶつかることなく、金色の髪を綺麗になびかせて落ちてきた。私の横を通り過ぎたその一瞬、にこにこ笑った顔を私は横目で捉えてしまった。


最悪の事態を予想してギュッと目を瞑る。しかしいつまで経っても何も起こらない。階段の上から落ちたのなら大きな音がするはずなのに。もしかしたらうまく着地したのかもしれない…そろりと目をあけてみるが、男の子はどこにもいなかった。まるで煙が消えるように消えてしまっていた。


代わりにちょうど彼が落ちたはずの場所に赤いリボンの髪留めがきらりと光っていた。急いで髪留めを拾い上げると、冬でもないのにまるで冷蔵庫にいれていたかのような冷たい。なんとなく髪につける気にならなくてすぐに下駄箱まで走った。帰らずに待っていてくれていたアキラにしがみつく。


「ねえ、ねえ!この学校って外国人の男の子いたっけ?!」

「そりゃいるでしょ、隣のクラスに中国の子いたよ。でもそのくらいじゃない?」


そうじゃなくて、金髪の…


言いかけたが、なんとなくいわないほうがいい気がして私は口を閉じた。手の中のひんやりとした髪留めが少し気持ち悪かった。



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