第11話 母の愛
「あなたのためだから」
そう、小学校のテストで70点を取った日に母が言ったのです。100点くらい取れなければろくな大人になれないと言って、母は私の顔を叩きました。何度も何度も叩かれて形が変わってしまいました。
「あなたのために買ったのよ。みっともない恰好だと私も笑われるわ」
洋服もお化粧も持ち物も、私のことを決めるのは母でした。母は流行に敏感で流行りの服を買って来てくれます。いちばんのお気に入りの服がありました。裾に向日葵の刺繍をあしらった夏色のワンピース。その服を着るたびに私は明るい気持ちになれました。大きな向日葵が私に語りかけます。涙など流さないように空を向きなさいと。暫くたったある夏の日大好きなワンピースは捨てられていました。
「あなたのためよ。あんな子供っぽい服は卒業しないとだめ。いつまでも子供じゃないんだから、そろそろ周りにどうも見られるかを気にしなさい」
「医者になりなさい」
母にそう言われたから難関大学の受験を受けて医学部に入りました。授業を受け友達と話し、家に帰ったあとは課題をして一日が終わります。
ある夜、友達から電話で課題の答えを教えてほしいと言われました。人から何かを頼まれたのは初めてのことで私は喜んで友達に答えを教えてあげました。人に求められたことが嬉しくてその日はなんだかよく眠れました。
朝になると私の電話から友達の名前が消えていました。私は大学で一人で過ごすようになりました。
「自分で宿題もできないような友達と付き合っていると知れたら恥ずかしいでしょう?あなたのためよ」
大学卒業後、母は私の前に男性の写真を差し出しました。年齢は30歳で職業は外科医。彼の父親は病院長で跡取りとなることが決まっていました。
「あなたのためよ。この人と結婚しなさい。あなたは自分から行動できないだろうから私が見つけて来てあげたの。ああ!こんなにも周りに自慢できる条件の男性は他にいないのよ!あなたは世間知らずだから知らないでしょう?」
2ヶ月後、私は彼と結婚しました。
ですが彼は浮気をしていて、家に帰って来てもあまり話してくれませんし、新婚にも関わらず夜はいつも一人で寝ています。時折、食事を一緒に食べたくて仕事の合間を縫って苦手でも料理を作るのですが、いつも彼に殴られてしまいます。人の健康を考えられないのかと言われ殴られつづけます。身体中のアザを見て母は言いました。
「それくらい我慢しなさい。もともとあなたにはもったいない人なのよ。離婚なんてして、それが世間にバレてごらんなさい。向こうのご家族にとってもみっともないことになるわ。あなたが我慢すればいいだけよ」
「男の子を産みなさい。跡取りを作れば親戚にも自慢ができるわ。あなたのためなのよ」
私は初めて母の言いつけを破ってしまいました。女の子を産んでしまったのです。ですがそれでも私のお腹から頑張って生まれてきてくれたこの子が、私には可愛くてたまりません。
なのに母は汚物でも見るような目つきで大切な赤ちゃんを見ます。朝、目が覚めると赤ちゃんはベッドにいませんでした。
しばらくして私の体は重大な病気に侵されました。毎日、起きる気力がありません。どうして生きているのかわかりません。自分はこの世界に必要がないのだといつも思います。目の前に刃物があると手首を切ります。高い所へ行くと飛び降りたくなります。買い物に出かけられず、家の掃除もできません
「こんなだらしない娘だと知れたら、世間から白い目で見られるじゃない」
気づくと私は病院にいました。頭部に縫った跡があり母は私の頭を撫でながら嬉しそうに言います。
「あなたの脳に欠陥があったから取ってもらったの。これでまともな人間になれるわね」
寿命が近くなった母は、ベッドの中で言いました。
「そこにいなさい。母親を大切にしない娘は世間体が悪いもの。私を看取るのはあなたの使命…それでこそ最高の娘よ!あなたのためなのよ。立派な娘になるの。そして私は立派な娘を作り上げた人間として世間様に大きな顔をして逝けるわ」
ついさっき、母は息を引き取りました。
誰も私を悪く言いませんでした。
だけど褒めてもくれませんでした。
了
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