第9話 かけない話


数年前の話だ。私は当時怪談小説ばかりを書いていて、同じような活動をしている人との交流も多くあった。そして、全員で百物語を書いてみるのはどうでしょうかと発案をして、大手の作家からアマチュアまでが参加する執筆百物語が開催されることとなった。


紆余曲折しながらも何とか前半は形になりそうだと胸を撫で下ろすことができたのは、締め切りも迫ってきた頃。続々と参加者の方から届いた原稿が、メールボックスを埋めていた。



1200字。テーマは夏。創作か実話かは問わない。いわば怪談競作集である。作家として活動している方。物書きを目指し、日々原稿に筆を走らせている方。普段は文章を書かないという方。



様々な人から様々な怪談が寄せられていた。たくさんの怪談を読める幸せを噛みしめつつ、寄稿された原稿を順番にチェックしていたときのことである。

 

ある方から新たな寄稿があった。


普段から仲良くさせていただいている方が、その才を奮って書き上げた話である。


タイトルは夏らしく、展開の読めない丁度よさ。メールに添付された原稿をダウンロードし、わくわくしながらファイルを開くとすぐさま文書が立ち上がる。しかし瞬間、目に入ってきた文字に、私は一瞬呆けそして僅かな怒りを覚えることになった。

 

 

「 このはなしは かけない 」

 

 

なんだこれは。ふざけている。

それが最初の感想だった。



規定どころの話ではない。見切り発車で、締め切りまで時間がないのは自分の責任だとは分かっている。急かしてしまっていることも承知していた。しかしここまで殴り投じの原稿を頂いては、さすがにこちらも困ってしまう。


流石に、これは酷いだろう。


本人にきちんと伝えなくては…と文面を改めて睨んだ時、ぶつん、とノートパソコンの電源が落ちた。


シャットダウンの猶予もなく突然真っ黒になった画面に僅かに戸惑った。充電は半分以上残っていたはずだし、停電でもない。


そもそもそれで影響をうける筈がない。何か不具合だろうか。


丁度、寄稿の確認作業をする傍ら、自分の原稿にも手をつけていた私は、どちらかといえばそのデータが飛んでいないことを祈りながら再び電源を入れた。

問題なく画面は立ち上がり、幸いにも書きかけのデータも残っていた。



しかし、問題は先ほどの「かけない」原稿である。



溜息をつきながら、メールボックスまでアクセスし添付されたファイルを再び立ち上げた。

 

「はあ」

 

思わず、素っ頓狂な声が出た。


先ほどとは打って変わって、画面は黒々とした点で埋め尽くされている。期待通りの1200字の怪談がそこにあった。立ち上げるファイルを間違えたかと一度閉じ、改めて添付ファイルと原稿を保存していたフォルダを探すが、それらしいものはない。


訝しがりながらももう一度その原稿を立ち上げたが、やはりその人の渾身の怪談が私をみよとでも言わんばかりに堂々と表示される。



気のせい、ではない。


私は確かに数刻前の「このはなしはかけない」を記憶しているし、寝ぼけていたわけでもない。それをみて沸いた感情のあれそれも、しっかりと残っているのだ。


そこで漸く、違和感を覚えた。


その寄稿者は、ネットで出会ったとはいえ一年近い付き合いを経ている。会ったこともある。企画を決断し多くの方に声をかける勇気が沸いたのも、その人の影響といって過言ではない。


だから、僅かなりともその方の文章にかける思いは知っている。決められたことは守るだろう。怪談好きな性分も、あのいい加減な原稿からは程遠かった。




もしかしたら、あまりこのはなしは、かかないほうがいいのかもしれない。

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