第6話 おとしだま

Yさんは昨年米寿を迎えた男性である。



山を歩くのが好きだったこともあり、今でも足腰が達者で、高齢者クラブのゲートボールや野鳥観察に進んで出かけていく。しっかり伸ばした背筋で、快活に笑いながら「生涯現役がいいな」と話す姿が印象的だった。



Yさんは、既に鬼籍に入っている私の祖父と旧知の友人だったという。そのため、家族ぐるみの付き合いがあり、毎年の正月には我が家にやってきて墓前に手を合わせ、私には小さなポチ袋を与えてくれる。



「上手に使いなさい」といって渡されるのは、子供にとって正月のメインイベントであるお年玉だ。その齢に似合った額をくれる。今年は、諭吉と樋口が一枚ずつ納まっていた。


頂いたお年玉は、上手に使いなさいとの助言どおり、いたって健全に、趣味の本やイベントへの遠征費に消えてゆくのである。その他の親戚や、親から貰うお年玉も大抵はそうなる。


父親からは、もっと有効的に使えと叱られるが知ったことではない。



「まあまあ、好きなことに使うのは楽しいことだろうに」



そう言って笑うYさんは、あげる側になって久しいが、今でも貰っているんだよ、とこんな話を聞かせてくれた。



ーーーー



Yさんが七十三歳になった年の暮れ、五十年以上連れ添ってきた二つ下の妻が亡くなった。風邪をこじらせた果ての肺炎であった。


はじめて一人きりの正月を迎えた日の早朝のこと。


奇妙な音でYさんは目を覚ました。ぽちゃり、ぽちゃりという水の垂れるような音だったという。洗面所か台所の蛇口が中途半端に開いていたのかと思ったが、すぐに思い直した。


Yさんの寝室は東側の二階にある。西の端に位置する一階の水滴が、はるばる聞こえてくるはずもないのだ。


しかし、この家の中で聞こえているのは確かだ。


ひょっとして、雨漏りか。急いで布団から身を起こし、ドテラを羽織って家の中を確認しはじめたが、窓から見える初日の出の燦燦たる様子に、雨など降っていないことを知った。そして家の中のあらゆる水場も、やはり異常はなかった。



どこから聞こえてくるのかわからないが、どこにもそれらしいものがないのだから、仕方がない。


昼ごろに遊びにくるといっていた息子夫婦に見てもらおうか。そう思いながら、Yさんは仏前に手を合わせる。小さな額に飾られた妻の微笑に向かって新年の挨拶を呟いた、そのときだった。


ぽちゃん、と音がして突然、Yさんの鼻先を掠めるようにして何かが落ちた。驚いて下をみると、焼香の横に、五円玉ほどの大きさの、黄色い光の玉が転がっていたという。


手に取ろうとするが、つかめない。


更に、ぽちゃんぽちゃんと音を立てながら、光の玉が落ちてくる。数分間にわたってぽちゃんぽちゃんと勝手に増殖したあと、驚きのあまり固まるYさんの目の前で、不意に光の玉も、音もすべて消えた。


それ以来、光の玉は毎年正月の朝、降って来るようになったのだという。




ーーーー「なにそれ」



話を聞き終えた私の口からまず出た感想はそれだった。



「わからん。ほんでも、あったかい光でなあ。これといって根拠もないが、ばあさんがくれたお年玉だとおもっとるよ」



そう締めくくったYさんの表情は、いつも通り、穏やかだった。



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