第5話 私の話
――――許さない。そんな声が、耳元で聞こえた。それは別れた直後に自殺した彼女のものだった。次の瞬間、長く伸びた爪が肌に食い込み、次第に強く彼の首を絞めていったのだ。彼は慌てて、
「ちょっとやだ。私そんなことしてないわ」
そうなのかい? でもこの人は…
「嘘ついてるのね、自分が取材されて作品になるってのが嬉しいから。武勇伝にしようとしてるんだわ」
本当はどうだったんだ?
「ただ、ちょっと枕元に立ってやっただけよ。あの人ったら、それをみた途端に気絶しちゃって。なんだかこっちが情けなくなっちゃった」
なるほどね。でも、やっぱりこうしないと怖くないんだよ。
「先生の言い分もわかるけどね。私としては複雑。私の話なんだもん」
ーーーーーーー
「ねえ、先生」
やあ、また来たのかい?
「うん。ちょっと聞いて、うちの元カレまた女と遊んでんの。しかも今度は三股よ。それで、そのうちの一人だと思うんだけど、生霊みたいなのひっつけてたんだよ」
生霊?
「あはは、作家の顔になった」
ネタにできるならするさ。
「うーん、どうかな。で、そうそう。アイツひどいの!体調悪いとか変なものが視えはじめたことを私のせいにしてるのよ」
君のせいに?何もしてないだろう。
「当然よ、あんな男にもう未練なんてないもの。でもアイツは、私がまだ自分に未練を持ってて取り憑いてるって思ってるみたい。やだやだ、ああいう男ってほんとめんどくさいんだから」
ちなみにその元彼は今どこにいるんだ?
「世田谷の小さなアパートよ。取材したいなら今度案内してあげるわ」
ああ、頼むよ。
「次は、百物語だっけ? 」
そうそう、細かいネタも敏感にあつめていかないとね。
「仕事熱心ね。そういう男は好きよ」
君に惚れられても困るな。でも締め切りも近いんだ。教えてくれてありがとうね。
「どういたしまして、やっぱり私の話かいてくれるならこっちも協力しなきゃ 」
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「なあ、先生。今度こそ俺の話を聞いてくれよ」
また君か。何度も言ってるじゃないか。実話怪談って殆ど、主体は生きてる人間なんだよ。生きてる人間が死んだ人間や何かわからないものに対して恐怖するってのが王道なんだよ。
「王道っていうけどさあ、先生は人とは違うものが書きたいっていつもいってるじゃないか」
…ああいえば、こういうな、君は。
「それに、これくらい変り種のほうがきっと売れるって」
変り種すぎても困るんだよ…下手に視えるなんてことをいったら、変人扱いされるんだぜ。
「怪談なんか書いてる時点で変人だろ」
君もひどいことをいうなあ。わかったよ、また今度聞いてあげるからさ。
「おう、ありがとうな、先生。 最近じゃ妖怪なんて面白おかしくされちまうからさ、やっぱり先生みたいなのがいてくれるとこっちも助かるよ」
尻に目をくっつけて歩いてるだけなんだから、面白くおかしくされて当然だろうに。
ーーーーーーーー
「ねえ、先生」
………やあ、時間を考えて来てくれよ。僕は今寝たいんだ…
「私はこの時間が一番調子いいの」
知らないよ。大体、首しかないのに調子とかあるのかい?
「あら、失礼ね。押しつぶしちゃうわよ」
それは嫌だな。高さ1メートルもある生首に押しつぶされて死ぬなんて、どこのSFホラーだよ。
「そんなことより聞いて、やっと身体が見つかったの」
本当か?どこにあったんだ?
「意外と近くにあったのよ。私が死んだ場所から少し離れた農家の裏。右手だけなんだけどね」
他の体は相変わらず行方不明かい?
「ええ。まあ急いでるわけではないし、また見つかったら先生に教えてあげるね! 右手も今度からここに連れてくるから」
ああ、全部そろった頃にはこの家はどうなってることやらな。
「いつか私の話もかいてね。じゃあ、おやすみなさい、先生」
はいはい、気が向いたらな。おやすみ。
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「ちょっと、先生! 」
ああ、はい、もしもし?
「締め切りは今日ですよ、かけましたか?」
ふと、机の上の原稿を見下ろす。
――――許さない。そんな声が、耳元で聞こえた。それは別れた直後に自殺した彼女のものだった。長く伸びた爪が肌に食い込み、次第に強く彼の首を絞めていったのだ。彼は慌てて、
その先は真っ白だ。
…ええ、すみません。もう少しお時間もらえますかね。
「もう、先生はいつもそれなんですから」
すいません、ちょっと体験者様からの要望が多くてね。
了
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