第4話 こっくりさん

あれは、十年も前の事になるでしょうか。中学生の頃、友達のミオちゃんに誘われて私たちは「こっくりさん」をしました。


カラスの声と、威勢の良い野球部の声が校庭から聞こえてくる、夕陽に染まった小さな教室で、私達ふたりは小さな机を囲みました。

 


「こっくりさん、こっくりさん」

 


興味がなかった訳ではありません。


学校の七不思議をはじめ、皆そういった事に興味津々でしたし、もちろん私も例外ではありませんでした。幽霊なんて視たことはないけれど、居たら面白いなと思っていました。あの時期の私達の中では「そういうもの」は娯楽でした。

 


「居らっしゃいましたら…はい、にお進み下さい」

 


興奮からか、少しの恐怖心からか。お決まりの文句を言いながら鳥居の中の十円玉に指を触れるミオちゃんの表情は、少し引きつっていました。それに気づいたとき私は少しニヤッとして、すぐにそれを隠すように顔を伏せました。帰り道、ちょっと脅かしてやろう。 



そして、それは突然のこと。


ズズッ、と十円玉が紙の上を動き始めたのです。


最初は驚いたけど「こんなのミオちゃんが動かしているに決まってる」と、すぐにそう思いました。そのくせ、興奮した声をあげるミオちゃんの様子に、役者だなあと呆れながら、私はこの茶番に付き合うことにしました。


 

あくまで娯楽だったのです。



私たちにとっては、楽しいという感情がその時もっとも大切でした。他の事など何も考えてはいなかった。いつの間にか野球部の声も、カラスの声も聞こえては来なくて。遊びに熱中していた証だったんでしょうね。


しばらく、そのこっくりさんを相手に他愛のない質問を繰り返して、そして言い伝え通りに、こっくりさんを終わらせました。


ミオちゃんは「途中で放棄するようなことよりも、通例にのっとった上でどれだけ異質に楽しむかのほうが大事だ」と、そういう小賢しいことを言っていたけど、正直怖かっただけだろうと思うのです。




次の日、ミオちゃんは学校に来ませんでした。


メールをすると、夕方近くになってようやく「体調を崩したから休む」と返ってきました。


家にいるようだったので、帰り道に見舞いに行きました。しかし、そこでみたミオちゃんのあまりの変わりようを見て、私は言葉を失ってしまったのです。笑顔で別れた昨日の帰り道。あれから、たった一日だというのに。


部屋の隅でうずくまって、顔は青ざめ、頬がこけ、目が狐のようにつり上がって、そして何かに怯えているのです。


 

「どうしたの」そのさまを不気味と感じる気持ちを抑えて聞くと「狐がいる」と言うのです。

「こんな都会に狐なんて居るもんか。何かの見間違いだよ」


励ますようにそう返して笑ったら、ミオちゃんは何ともいえない表情で、私を見上げていました。

 


そしてその夜のうちに、ミオちゃんは姿を消したのです。ご家族もそれからしばらく経ったころ、引っ越ししてしまいました。事情は一切わかりませんでした。先生に聞いても、警察に聞いても、何やらもごつくばかりで、要領を得ません。

 


遙か時の経った今でも、彼女とご家族のその後はわかりません。



そして私は大学生になり、文化学の文献でこっくりさんを題材にした物を見つけました。そこで狐・狗・狸の当て字を初めて知ったのです。きつねが関係するという話すらあの時は知らなかったのです。


あの時、彼女が見たという狐はもしかしたら、本物の狐狗狸さんだったのかもしれない。今になってそう思えてくるのです。

 

あの時、無碍に否定してしまった自分が、ひどく残酷な人間に思えて仕方ないのです。彼女が今も何処かに生きているのなら謝りたい。そして、その狐についてもっと詳しく聞きたい。これ以上はだめなんだと頭ではわかっているのに、なぜかその先のことが知りたくてたまらないんです。

 


ミオちゃん、どこにいますか?

そんな質問は、だめですか?



 

教えてください。こっくりさん。

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