連鎖が始まる

「間もなく小夜、小夜です」


 誰の声かは知らないけれど、ちゃんと駅員さんらしい口調で車内アナウンスが流れた。列車は少しずつ速度を落としていく。


「もうお別れなんだね」


「大丈夫だよ、また会える。多分こういう場所でなら」


 ぷしゅう。なめらかに停車した電車は、小夜と書かれた駅で扉を開いた。

 私は彼女の手を引いて、列車から足をおろした。扉のこちらとあちら側、繋いだ掌を離せば私達は離れ離れになる。けれど同時に、私と貴方は一つになる。


「新音って子、覚えてる?」


「うん、美影ちゃんのお友達」


「もしあいつに会ったら伝えといて」


 扉の向こうに頭だけ突っ込んで、彼女の耳元で囁いた。どう受け取るかは分からないけれど、あの子はきっと信じてくれる。


「分かった、絶対伝えるよ」


「ありがとう。じゃあ最後に、答えを聞かせて」


 私達のルーティーン。毎日笑顔で会うためのおまじない。

 はじめはただ好きな映画を思い浮かべていただけなのに、どんな金言名句よりも鋭く眩しい言葉に変わっていった。


「考える時間は沢山あったから、一発で当てるよ」


「うん、聞かせて」


 ぷるるるる。別れの音色は無機質で情が無い。


「わたしを離さないで」


 ぷしゅう。扉がゆっくりと閉じられていく。それにつられて、どちらからとなく自然と掌が解けてゆく。

 私は人生最大の笑顔を称えて、ばん!

 小夜に指先を突きつけて言い放った。


「正解!」


 窓越しに見えた小夜の笑顔は、あの張り付いた笑みではなかった。病室で語り合うときに何度もも見せてくれた、いやそれ以上のもの。

 もしかしたら彼女も、人生最大の笑顔で。



 列車は次の街へと走ってゆく。

 一番線、小夜経由どこだか行き。あれはどこまで行くのだろうか。夢の果てには何があるのだろうか。

 列車は空白の線路を駆けてゆく。あるいはそこに幾千もの空想物が広がっているのかもしれない。けれどここは小夜のための場所。私の願いはここに入り切らない。

 最後の一車両が見えなくなるまで、大きく手を振り続けた。車両の背中に行き先が表示されていることに気づき、ぐっと目を凝らした。


「快速 月面行き」


 何だそりゃ。月のもとで眠る人々は月に向かって船を漕ぐというのか。何ともハッピーで素敵な思いつきだ。

 これは誰の夢だろう。誰の願望だろう。小夜の願いかな。あり得る。彼女の知る月では、毎晩兎が餅つきをしているんだ。いつかそれを一緒に見に行きたい。終点まで電車に揺られながら、沢山くだらないお喋りをしながら、なんて。 


 静まり返ったホームで、深呼吸をした。早く向かおう、小夜の世界へ。そこで彼女の全てを取り戻すのだ。喪われたものを取り戻す、そんな幸福の連鎖がきっと始まる。

 出口への階段を駆け上がりながら、どんな景色が待っているかを想像した。少し怖いけれど、ワクワクしてくる自分がいる。

 ああ、初めて見た景色は誰も覚えていないけれど、もしもし思い出せたのならきっと幸せな事だろう。


 貴方の物語は、今この瞬間から私達の物語へと進化する。


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