Chapter 4: Reach To The Moon

連鎖よ続け

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Chapter 4: Reach To The Moon

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 がたん。ごとん。規則正しい音色に目を覚ます。

 私は横長の座席の真ん中に座っていた。幾度となく見てきた、電車の中の夢。しかし座っているのは初めてだ。


「おはよう、美影ちゃん」


 向かい側の席には、小夜が座っていた。しっかりと私を見ている。彼女の隣には兎のぬいぐるみが置いてある。夢の中の私を見る何者かとは、この純白のぬいぐるみだったのだろう。


「どんな景色が見える?」


 尋ねると、小夜は少しだけ照れくさそうに耳を赤らめた。


「美影ちゃんしか見えない」


「そう……いや、それで良いんだよ」


 今更何も要らない。私と小夜とがいて、こうして話せるだけでも十分だ。伝えたい言葉はいくらでもあった。


「私達、どうなったんだろうね」


「さあ……多分、夢の中なんだろうけど」


 これまで何度も電車に乗る夢を見てきたけれど、昨晩ついに列車は駅に到着した。そこには小夜がいて、私は呼び続けたけれど届いていなかった。

 発車のベルが鳴り響き、どうしようもなくなった私は叫んだ。


「小夜、乗って!」


 そうして彼女を中へ引っ張り込んだ。そこで目が覚めた。掴んだはずの掌は新音の服の襟に変わっていて、夢から醒めた事を思い知らされる。

 それから何度眠ろうとしても寝付けないから、小夜の病室まで歩いていった。その後のことは覚えていない。


「不思議だね、二人でおんなじ夢の世界にいるなんて」


「うん……」


 言葉が続かない。どう伝えたら良いか分からない。いつからか考えていたこと。貴方の為に出来ること。これからすべきこと。

 どんな顔をして話せば良いかが分からない。


「ずうっと、このままが良いな」


「どうして?」


「美影ちゃんと話せるから」


「飽きるでしょ」


「飽きないよ」


 私もそうしたい気持ちは山々だった。もっと貴方のことを知りたい。色んな笑顔を見たい。けれど、電車というのはいつか必ず次の駅がやって来る。

 だから、楽しい時間は常に有限なのだ。


「小夜、私ね――」


「あ、そうだ! 回答権、溜まってるよね」


「何の話?」


「見せたい映画を当てるやつ! 一日一回だけどさ、結構長いこと答えてないからまとめて言っていい?」


「いくつでも言いなよ」


「うーん、やっぱ後でいいや」


「小夜……」


「あのサボテン、花咲いたんだよ。サボテンも咲くんだね。ちっちゃいの」


「小夜」


「読んでた本の新刊出たかなぁ。美影ちゃんにも何か貸してあげるよ」


「小夜!」


 びくん、と飛び跳ねて、彼女は口を噤んだ。ごめん、と目を逸らした。


「私、ずっと考えてたんだ」


「なにを?」


「あんたを救う方法」


「そんなの流石に――」


「見つけたんだ、ここで」


 がたん。ごとん。彼女にこの音は聞こえているだろうか。脈動するように、警鐘を鳴らすように、規則正しく私の耳を震わせるもの。

 階梯を登る足音は、私の為じゃない。ここではない何処か、私ではない誰かの為にこそ鳴り響く。


「ここは私と貴方を繋ぐ道。貴方の元へと向かう列車なんだよ」


 間もなく、一番線に小夜行きの電車が参ります。美影発、小夜行きの逃避行。あるいは奇跡的な儀式。

 心と心が通じ合うというのなら、本当にそんな事が赦されるのなら、どんな奇跡も信じたくなる。


 疑う必要はない。信じ抜く必要もない。

 どうか、連鎖よ続け。


「私は貴方の瞳になる」


 休むことなく。


「私は貴方の耳になる」


 屈することなく。


「私は貴方の鼻孔になる」


 絶やすことなく。


「私は貴方の味蕾になる」


 健やかなるときも。


「私は貴方の肌になる」


 病めるときも。


「……そんなの、駄目だよ」


 小夜は立ち上がった。寄りかかっていたぬいぐるみがぽてん、と横に倒れる。揺れる車内に上手く身を合わせながら、私の前まで歩み寄って私の肩を包んだ。


「そうしたら美影ちゃんはどうなるの」


「どうかな……そっちへ意識を移してしまったら、こっちはずっと眠り続けるんじゃないかな」


 それはある意味、小夜の苦痛を私が肩代わりするようなものだ。大きな違いは、私はそこに居続けるということだ。時が静止したように眠り続け、小夜の中で働き続ける。

 素敵な景色を見せるために。

 美しい音色を聞かせるために。

 私は小夜の世界を耕し続けるのだろう。貴方の庭が全て満ち足りるまで。


「駄目だよ、美影ちゃんを機械みたいに働かせるなんて、そんなの私、耐えられない……」


「こうするしか無いんだよ」


「だめなの!」


「どうして?」


「美影ちゃんは兎さんなの!」


 突然の単語に、呆気にとられた。ぽかんと彼女を見上げる私に、小夜はぐっと身を引き寄せて抱きしめた。


「兎のぬいぐるみ。子供の時からずっと一緒だったの。寂しいときでも、あの子がいれば怖くなかったの。今は美影ちゃんが、そうなの」


 私の胸に顔を押し付けながら、その声は小刻みに震えていた。唇をきゅっと噛み締めて、清らかなその頭を優しく撫でた。


「ごめんね」


 その言葉しか、伝えられなかった。


「私こそ、ごめんなさい」


「小夜は謝らなくていい」


「駄目。一緒に謝るの。不公平」


「そう来たか……分かった。一緒に泣こう」


 しばらくの間、私達は静かに泣いた。

 他に誰もいない。他に何も映らない。

 恵まれた空白の列車旅は、もしかしたら神様がくれたご褒美だったのかもしれない。悔い改めたのだと、赦しを与えるのだと、そう告げるための。

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