(3)美味しいものを食べよう!
温泉を出たわたしは、備え付けの食堂兼酒場で、少し遅めの昼食を取ることにした。
今日はお客は少ないけれど、お店の雰囲気から、街道沿いという事もあって、結構繁盛しているみたいだ。
元々はお昼も携行食のつもりだったから、目的地の近くで、こうしてきちんとした食事が食べられるのは嬉しい。
そう思ったためか、それとも、メニューに描かれた料理が美味しそうに見えたためか、ついつい奮発して、値段を気にせずに美味しそうな料理を頼んでしまった。
まずは軽めにガレットから。メニューに書かれている絵を見ているだけで、既に美味しそうだ。
「ガレットお願いしまーす」
「はいよー!」
注文すると、カウンター向かいの厨房で、熱した丸い鉄板におばちゃんが溶いた粉をくるくると垂らしていく。
コテで手早く丸く広げて、焼けていく生地の上に卵やきのこ、刻んだハムを落としていく。
鉄板の上で香ばしい匂いとともに、生地がこんがりと焼けていく。コテを捌く金属音と共に、慣れた手つきで生地が折りたたまれていく様子が楽しくてたまらない。わたしはわくわくしながら眺めていた。
「はい、できあかりだよ」
できあがったガレットをコテで皿に取って、最後に粉チーズを振って渡してくれる。
「わぁ、いただきます!」
まだ湯気が立っている、いい匂いのするふかふかの温かいガレットをナイフで切って、さっそくひときれ口に放り込む。美味しい!
程よく焼けた生地の食感に続いて、溶けたチーズ、半熟に焼けた卵とハムの味が絶妙に口の中で広がる。
やっぱりガレットは大好き。わたしの大好物のひとつだ。
まだ一口目。一切れしか食べていない。こんなに美味しいガレットがまだほとんど残っていて、まだまだ食べられる事に、幸福感で一杯になる。
しかも、これは一品目。まだ楽しい食事は始まったばかりだ。
ガレットを一切れ一切れ、口に運んでは、幸せな気分に浸る。
切り分けたガレットの生地をフォークでくるくると巻いて、ハムや卵、きのこやチーズと一緒に口に放り込むおいしさがたまらない。口の中が幸せでいっぱいだ。
「さて、次は……」
わたしはガレットを堪能しながら、続いてメインの一品を頼む事にした。
メニューをいろいろと眺めて悩んだけれど……ここは、魚料理だ。
海が近いところだけど、ここは、何故だか惹きつけられた川魚の料理を敢えて注文する。「ウグの塩焼き」だ。
ガレットを楽しみながら、わたしは早くも焼き魚が楽しみで、ワクワクする気持ちでいっぱいだった。
ちょうどガレットを食べ終わったところで、塩焼きが焼き上がってきた。タイミングもばっちりだ。
細長いお皿に載って出てきた、少し大きめの焼き魚を見て、わたしは自分のカンが間違っていなかった事を確信した。
程よく焦げ目の付いた結構大きめのウグが、付け合わせの山菜と一緒にお皿に載っていた。薄い茶色の塩焼きに、山菜の緑が映えて美味しそうだ。
ちょうどいい焼き具合で、火が入ってもウグの香気が残っていて、湯気と共に香ってくる様だ。
「いただきます!」
早速、銀のフォークとナイフで、焼きたての魚を切り分ける。
「……美味しい!」一口食べて、わたしは思わず歓声を上げた。
ぱりぱりに焼けた皮が美味しい! 塩気が効いているのが良い。ウロコもきちんと取られていて、皮の美味しい歯ごたえと味わいを楽しむ事ができる。
そして、背中の肉が美味しい! ほろほろと崩れやすい肉。ともすればパサパサ感が出てしまうけれど、良い魚を使っているのか、それとも焼き方に工夫があるのだろうか。絶妙なバランスで脂が乗っていて、やや淡泊だけど上品な味がする。暖かくて美味しい。塩味も効いている。
小骨が結構あるけれど、構わずに一緒に噛んで食べる。小骨もこの魚の味わいの一つだ。
続いて、お腹の部分にナイフを入れて、内臓の部分をフォークで掬って口に入れる。うん、程よいほろ苦さで、いい感じ。苦手な人もいる様だけど、わたしは大好きだ。
背中の身と絡めて、一緒に食べると、淡泊な身の味、振られた塩の味に混ざって、豊かな風味を舌に伝えてくれる。
どの部分も美味しい! 焼かれて程よく乗った塩気が、魚の臭みを消して、味を引き立ててくれている感じ。ヒレと尻尾のところをパリパリと食べるのも美味しくて、忘れてはいけないポイントだ。
それに、付け合わせの山菜が微妙にほろ苦いのもいい。魚の塩気と不思議に合っている。
いやぁ、本当に美味しい! わたしはウグの塩焼きを堪能していた。
だけど、やっはり全体的に塩が効いているので、自然と喉が渇いてくる。これは飲み物も欲しいかな……
そう思っていると、タイミング良くカウンターの向こうから、おばちゃんが声を掛けてきた。
「お嬢ちゃん、エールはいかがかな?」
「待ってました! いただきます!」
頷くと、すぐにエールをジョッキに注いで渡してくれた。
「わあ……!」
思わず歓声が出てしまう。受け取った錫のジョッキは、キンキンに冷えていて、水滴が浮かんでいた。
「近くに冷たい沢水が出ていてね。そこで冷やしているんだよ」
それは嬉しい。お風呂上がりの食事と共に食べる、冷えたエール、美味しいに決まってる!
山に登る冒険はこれからだけど、既に良い事ずくめだ。これはとても幸先が良いし、これからも期待できそうだ。
わたしはジョッキを「炎の冠山」の方に差し出した。
「炎の山に乾杯!」
山を眺めながら、ぐっと流し込む。冷たいエールの喉ごしに、苦みとほのかな甘みが心地よい。
「うーん、冷えていて美味しい!」
エールは勿論美味しい。それに、魚の塩焼きを一口含んで、一緒にエールを流し込むのが本当に美味しい。魚の風味とエールの味が口の中で混ざり合って、いい塩梅になっている。
でも、そろそろ塩焼きの方を、先に食べ終わってしまいそう……
そう思っていたら、ちょうど良いタイミングで、おばちゃんが何かをテーブルに置いてくれた。
それは、薄くスライスしたお芋の塩焼きだった。
「ありがとうございますー!」
お礼を言って、つまんで口元に運ぶ。
薄く切られたお芋は焼き目がついていて、ポリポリした食感と程よい塩味が良い。
これがまた、エールに合って美味しかった。
「おいしかったかい、良かったよ!」
幸せそうに食べるわたしを、お店のおばちゃんが満足げに眺める。
うん、わたしも大満足だ。
「ごちそうさまでした!」
代金の銀貨を、お礼の気持ちも込めて、少し多めに渡す。おばちゃんが益々上機嫌になってくれる。
「沢山食べてくれて、ありがとうね!」
「お嬢ちゃんは旅の途中かい? カイモンの街に行くのかい、それとも灰の街かい?」
身を乗り出して尋ねるおばちゃんに、わたしは答えた。
「カイモンの方から来たんです。ええと……あの山について教えて欲しいのですけど」
わたしが窓の外にある「炎の冠山」を見上げると、おばちゃんは「ああ」と言った。
「大きいだろう! ヘルシラント山っていう名前だけど、みんな『かんむり山』って呼んでるね」
「頂上が燃えているって言われているみたいですけど、実際はどうなってるのですか?」
わたしがそう言うと、おばちゃんが山を眺めながら言った。
「そうだねぇ……誰も上まで登らないからねぇ……本当に燃えているとか、いろいろ噂は聞くけれど……」
おばちゃんは首を傾げながら言った。
続いて、気がかりだった事を聞いてみる。
「あと、ゴブリンかオークもいるみたいですけど……」
「ああ、山の途中に、ゴブリンの洞があるよ。全部で100程の群れだったかね」
何気にさらっと重要な情報が出てきた。これで、山にゴブリンが住んでいる事と、山を登ればほぼ遭遇するだろう事は確定だ。
「お嬢ちゃんは『灰の街』に行くところかい? 連中は街道沿いの旅人は襲わないから、大丈夫だよ」
おばちゃんが安心させる様に言ってくれたけれど、わたしの行き先は街道や「灰の街」ではなく、彼らが住む「炎の冠山」なのだった。
ゴブリンたちは街道を歩く人間は襲わないのかもしれないけれど、自分の縄張りである山に入ってくる者は別だろう。何か対策を考えないと……
……そういえば、この店や温泉も山の近くだけれど、大丈夫なのだろうか。
そう思って聞いてみると、おばちゃんは笑いながら答えた。
「ああ、ここはなんと言っても温泉だからね! 温泉が無くなると困るから、ゴブリンたちもここを襲ったりはしないよ」
「ゴブリンたちが温泉に入るんですか?」
驚いて聞いてみると、おばちゃんはにやっと笑いながら言った。
「入る入る! ここのゴブリンは温泉大好きだからね」
急に平和な話になってきた。確かに、動物やモンスターがお風呂で傷を癒やす話は聞いたことがあるけれど、風呂好きのゴブリンなんて聞いた事がない。本当だろうか?
ともあれ、お風呂で出会うならともかく、彼らの縄張りである山で出会った時に、無事に通してくれるとは思えない。何とか無事に通る方法を考えないといけない。
わたしはいろいろと情報を収集して、対策を打っておくことにした。
どうやら、ここのゴブリンは少し風変わりな性質らしい。温泉好きだったり、周辺を襲わないゴブリンなんて聞いた事がない。どうやら普通とは違う群れのようだ。
(ということは、もしかしたら……?)
「今の話、もっといろいろ教えてほしいのですけど。あと、用意して欲しいものもあります」
わたしはそう言いながら、さらに追加で銀貨を取り出した。
それを見て、おばちゃんの目も光る。
「おっ、何だい? 何でも用意するよ!」
……こうしてわたしは、ゴブリンたちの待つ「炎の冠山」への準備を整えたのだった。
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