第3話 不確定要素とパンドラな話

第3話 不確定要素とパンドラな話


「今日からオカルト研究部に加わる真知田 恭子です。よろしくね咲杜茉莉さん、恋歌さん」


真知田さんの屋敷でのお茶会から3日後の水曜日、オカルト研究部に真知田さんが加わった。真知田さんは無論、男じゃないし占いに偏見を持っているわけではないため、私も恋歌も反対する気はこれっぽちもなかった。ただ一応、真知田さんがオカルト研究部に入るきっかけとなったのは、お茶会でズバリ当てられたタロットカードの山札の件だった。真知田さんは山札の話を聞くなり、是非見てみたいし研究したいと私に捲し立て、入部許可を求めてきた。私は勢いに押されてOKしてしまったが、まさか本当に入部してくるとは思わなかった。


 


 *


 


私が窓際の席に座り、真知田さんが目の前に席に座る。ちょうど高田氏の占いをやった時みたいに。それから私はルネサンス期の絵画プリマヴェーラが描かれたプレイマットを敷き、その上に例のタロットカードをシャッフルせず展開していく。左手で恋歌の腕を掴み、右手のみで展開する。状況再現というやつだ。独自の占い方法を考案する真知田さんであれば何か気づくことがあるのではないかと思い、高田氏を占ったときを再現してみたのだ。


「うーん...おかしな点はありませんわね」


真知田さんの目の前に並べられたカードは22, 21, 20。シャッフルせずに使えば必ずこの順で展開される。


「ねぇ茉莉さん。貴女はその占いの後、山札を確認しましたの?」


ふるふると首を横に振る。怖くて出来なかったとは恥ずかしくて言えなかった。


「前提条件が決定された不確定要素...」


真知田さんがぽつりと呟く。確かにカードの山札というのはシャッフルされたことで次にめくるカードが何になるかという不確定要素が生まれる。例えばの話、トランプの山札の一番上のカードがスペースの1だったとする。そしてその山札を取る人がハートの9を引きたいと強く念じた結果、スペードの1とハートの9の位置が逆になっても誰も違和感を感じないだろう。何故なら山札からカードが引くまで何が出るかは不確定なのだから。


だが今回の場合は話が違う。使用した山札は新品の未使用品だったため、1から22の順番で山札が構築されていると決定されている。つまりスペードの1とハートの9の様に場所が入れ替わることはあり得ないのだ。だからこそ私も真知田さんも頭を悩ましていた。


「…ねぇ茉莉さん。どうして私がIncredibilia sola Credenda.というフレーズを多用するかわかるかしら?」


「"信じ難きことのみ信ずるべし"という意味でしたよね。…今回のような信じがたい結果が占いで出ても真摯に受け止めるべき、とかですか?」


「今回の件に落とし込むならそうなるかな…」


私ね、と真知田さんがどこか遠くを見ながら何に思いふける様に語り出した。


真知田さんは中学生の頃、魔術師を主人公としたファンタジー小説を書いていたことがあったらしい。その時主人公の名前に困っていた真知田さんは最終的にPCの予測変換を使って、適当に名前を付けたらしい。それから高校1年生になった真知田さんはふと気になってあることを実践した。それは私も愛用しているゲマトリアを取得した人間なら一度はやるであろう行為。知っている人間の名前を片っ端からゲマトリアで計算して占っていくという行為だ。真知田さんはそれに夢中で取り組んでいた。そしてその好奇心の手は昔自分が書いたファンタジー小説にも伸びていった。


ファンタジー小説で登場させた王様や騎士などの名前を片っ端からゲマトリアで計算していく。そこであることに気づいた真知田さん思わず計算する手を止めてしまった。


それは主人公の師にあたる魔術師の名前と、主人公の名前、主人公の弟子の名前の計算結果がそれぞれ22, 11, 7だったからだ。


「22ねぇ」


思わず口を挟んでしまっていた。私は話を途切れさせてしまったことを謝ろうとしたが、真知田さんは気にした様子もなく話を続ける。


「22は王の数なり!22は大いなる者の数なれば、栄える言葉のうちでのみ語られるべし。大いなる知と力を持ち、みなに敬われ慕われる者なれば──また魔術を知る者なれば!さよう、この者こそは魔術師の王なり」


「グロスマン著の数秘術ね」


真知田さんが引用したフレーズは確かグロスマンの著書である数秘術に書かれていたものだ。


「えーとつまり主人公の師匠が22、魔術師の王。主人公が11だから魔術の力そのもの。それで主人公の弟子が7だから11の格下...ってこと?」


恋歌が必死に内容をまとめようとしている。細かいところを省けば大体合っている。つまり適当に作った筈の名前なのに何故か、ピンポイントとでそれぞれの人物像を示す数字が当てられてしまっている。例えば怪奇作家の一人ブライアン・ラムレイは主人公の名前をラテン式、ヘブライ式のどちらのゲマトリアで計算してもとんでもない結果になるよう作成している。しかし真知田さんの場合は違う。意図せずして起きた結果なのだ。確率にすればどれくらいものなのか分からないが、少なくとも何かに操られてそれを無意識に実行してしまっているような想像をしてしまう。


キーンコーンカーンコーン


下校時間を告げるチャイムに我に返り反射的に時計を見る。時計は18時を指していた。


「えっもうこんな時間...」


恋歌が私たち三人の気持ちを代弁する。私たちが集まったのが16時だった。それからタロットカードを実践し、真知田さんの話を聞くだけで2時間も経過するものだろうか。いやあり得ない。体感的には一時間も経っていない。ふと真知田さんと目が合い、次に恋歌と目が合う。口には出さないが目で語り合い頷く。


「もうこの話題は止めましょう」


誰も口に出さなかったが、そう言っている気がした。それから私と恋歌、真知田さんは一緒に部室を出てそれぞれ帰路に着いた。誰も口を開かなったが明日また学校で会えば、普通に会話することになるだろう。人間一晩寝れば昨日のことなどどうでも良くなるのだから。そう父を山に捨てたときみたいに…


「ね、ねぇ茉莉ちゃん」


背後から声を掛けられ、自分が速足で歩いていたことに気づく。後ろには恋歌が息を切らして立っていた。


「ご、ごめん置いていくつもりはなかったんだけど」


「大丈夫大丈夫、それはわかってるんだけどさ…あの高校生になってこんなこと言うのもあれだけど、今日は一緒に寝ない?」


そうだ本当につらいことがあった時は一人で寝ても気分は晴れない。でも姉妹で一緒に寝れば明日に希望を託せる。だから私と恋歌は父が消えた日以降も常に一緒にいるのだから。私はクスリと笑うと、良いよ一緒に寝よと恋歌に返した。すると恋歌は嬉しそうに私に抱き着いてきた。私はそんな恋歌を優しく抱きしめ、頭を撫でながら少し遠くにいる黒い靄のかかった人影を見ていた。


「あぁこれだから男は…欲に溺れた父が私が嫌いだ」


口に出さすにそう心の中で呟いた。

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