業火に萌えろ

純情あっぷ

※短編

「お前いっつもウジウジしてて気持ちわりーんだよ。」


「そーだよ、学校来んなウジウジ虫!」


「・・・・」


少女はいつものことだから大丈夫、と体を震わせながら自分に言い聞かせた。

このまま耐えていれば時は過ぎる。少しの我慢だと言い聞かせた。


「お前ら!女の子を虐めて楽しいか!お前らみたいな悪者はこの正義のヒーロー、セッカマンが成敗してやる!」


だからこそ、彗星のように現れたこのヒーロー気取りの少年に眩しい光を感じた。


「ダッセー名前。割り込んでくるなよ!」


「うるさい!文句があるなら拳で語れ!」


「やってやるよ!」






「だ、大丈夫?」


「お、おう。俺にビビって逃げていったぜあいつら。」


私を虐めていた男の子たちを相手にした少年は、相手との体格差の前に手も足も出ずにボロボロになった。


-

「なんでお前は何も言い返さないんだ。」


「えっ、だって怖いし。ちょっと我慢すればいいから。。。」


「・・・ふんっ、これやるよ。」


男の子が突き出した拳の中にあったのは、一つのおもちゃの指輪だった。


「なにこれ?」


「勇気が出る道具だ。これをつけていればどんなやつにも負けないぞ。」


そう言って強引に私の手の中に指輪を置いていった少年は颯爽と去っていった。





■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪






「なぁ、最近の清華うざくね?」


「それめっちゃ分かるわー。アニメとか漫画って小学生かよ。」


教室に向かう途中、トイレから自分の名前が聞こえた俺は気配を殺しながらその会話に聞き耳を立てた。


「そういえばこの前もさ、このアニメがオススメ!とか聞いてもねぇのに教えてくんのよ。」


「ハハッ、なんだそれ。キモオタクじゃねーかよ。」


どうやらトイレで会話をしていたのは、よく一緒にいることの多い、同じサッカー部に所属している三人だった。


その会話の内容に愕然とした俺は、覚束ない足取りで教室へと向かった。


それから俺は変わってしまった。仲間外れにならないように必死に周りに合わせる日々。

外の自分と内の自分が擦り合わない違和感。


そして少しずつその違和感が表に現れるように、波に流されるように周りから離れていった。

俺の周りから人が去っていくのにそれほど時間はかからなかった。


みんなが離れていって、どれだけ手を伸ばしても届かない。そんな光景をどこか俯瞰的に見ていた俺の意識は段々と薄れていった。








「いてっ!」


「どうした真島。お前が居眠りなんて珍しいな。」


「あ、すみません。気をつけます。」


(あぁ、今は授業中だったか。嫌なこと思い出したな。)


俺は夢の中で見た光景を頭から振り払うように、頭を左右に振った。


「わぁ、真島くんの寝顔ってちょーレアじゃない!?」


「ね!なんかぽにゅぽにゅしててすごい可愛いんだけど。」



クラスメイトの女子たちがヒソヒソしながらこちらをチラリと見てくる。


(はぁ、しっかりしろ優等生。ていうかぽにゅぽにゅってなんだよ。)


居眠りをしただけでクラスの女子に絶賛キャーキャーされている俺の名前は真島清華ましませいか

白咲高校に通う高校一年生だ。周りからの評価は文武両道の優等生。自分で言うのもなんだが顔もかなりのイケメンだ。


そんな黄色い歓声を受けながら、俺は自分の横の席に座る女に顔を向けた。


「おい夢見。お前、俺の腕つねったろ。」


「ふっ、さすが清華くんだ。私の奥義・常利つねりを初見で見破るとは。」



ドヤ顔で訳の分からないことを言うこの女こそ俺がこの学校で最も嫌う人間、夢見彩希ゆめみさきだ。


「ねぇねぇ、また夢見さん真島くんにちょっかいかけてる。」


「ほんと迷惑だよねー。厄介なのは格好だけにして欲しいんだけど。」


「ふふっ、それな。」


周りでもヒソヒソと語られているように、夢見の見た目はいわゆる普通とは少しかけ離れている。



夢見は身長165cmという、女子にしてはやや高めの身長に綺麗にまっすぐ伸びた長い髪の毛を後ろに1本で纏めている。これだけ聞いたらまるで大和撫子のような様相を想像するが、その髪色は黒色の中に所々紫色のメッシュが入っている。

本人曰く、これは自分の中に封印している邪神の影響らしい。

そして右目には黒色の眼帯を装着し、左右の指にはいくつもの指輪が嵌められている。これも本人曰く、自分の中に封印した邪神の封印を強めるための呪具らしい。

まぁ簡単な話、厨二病を拗らせている可哀想なj kというわけだ。


そしてこの女はやたら俺に対してちょっかいをかけてくる。その原因は分からない...訳では無いのだが、とにかく迷惑なのだ。他人のパーソナルスペースというのを全くわかっていない。そのせいで周りから向けられる厳しい視線の数も多い。

そんな夢見を見ていると、なんだか無性に腹が立ってくる。




「頼むから一々俺にちょっかいをかけないでくれ。鬱陶しい。」


「そんな悲しいことを言わないでくれないか?本当は私にちょっかいをかけられるのが嬉しいくせに。」


「どういう生き方をしたらそんな自意識過剰になれるんだ?とりあえずそのポーズをやめることから始めてみたらどうだろう。」


この女は俺と話す度に厨二病チックなポーズを取ってくるのだ。片手で目を覆ってみたり、疼き出しそうな右手を抑えてみたり。それが少しずつ俺の沸点を引き下げていく。


「そこを否定されたらわたしのアイデンティティが無くなってしまうじゃないか!要するに私に死ねと!?清華くんは私がどうなってもいいの!?」


「そこまで言ってないだろ!メンヘラかお前は!厨二病だけでお腹いっぱいなんだよ!」



「うるさいお前ら!授業に集中しろ!」




「「・・・すみません。」」




授業が終わって昼休み。昼食を調達するために食堂へ向かった。


その道中、チラチラとこちらに向く視線がいくつもあることに気付く。

しかしその視線に敵意のようなものはなく、むしろ好意的なモノばかりだ。


「相変わらず真島はモテモテだねぇ。」


「やめろ、鬱陶しいだけだろ。」


揶揄うような口調でそう言ってくるモブ顔は、よく一緒にいることが多いクラスメイトの田中。そんな田中の軽口を、俺は軽くあしらった。




「やめなよグリーン。清華も毎回こんなんじゃ気が休まらないでしょ。」


「おい・・・俺をグリーンと呼ぶな女男。」


「だって森樹もりたつきなんて名前、そう呼んでと言ってるようもんだろ。」


「黙れ!俺のマミーが木のようにぐんぐん成長してくれるよう願ってつけた名前だぞ!そんな軽い感じの横文字にするな!」


樹に女男と呼ばれたのは同じくクラスメイトの田中翔太たなかしょうた。その外見は森が言ったように中性的な見た目をしている。髪の毛を肩よりも少し上くらいまで伸ばした可愛らしい雰囲気だ。



「ていうか珍しいな真島。お前が授業中に居眠りするなんて。」


「清華のことだからどうせ夜遅くまで勉強してたんでしょ。グリーンとは大違いだ。」


「お前は一々俺に突っかかってこないと死ぬ病気なのか?」



そんなくだらない話をしている内に食堂にたどり着いた。



「ねぇねぇ、あの子が一年の真島くん?彼女とかいるのかな?」


「どうなんだろ、話しかけちゃいなよ。」


周りが自分のことでキャッキャしているのも、もう慣れた。

最初は今まで体験したことのなかった黄色い歓声に若干興奮しなかった訳では無いが、それも今となってはただの雑音に成り下がった。


周りの反応を無視して、いつも食べているこの食堂限定の絶品焼きそばパンを買うために売り場に向かった俺は、焼きそばパンが残り一個しかないことに気付いて、早歩きで向かった。


「あっ、清華くん。偶然被ってしまったみたいだね。はぁ、これが運命の導きというものなのだろうか。」


俺が残り一個しかない焼きそばパンに手をかけた直後、あからさまに俺の手の上に自分の手を重ねてきたのは夢見だった。


「おい夢見、これは俺が先に触った焼きそばパンだ。その手をどけろ。


「嫌だね。私もこの焼きそばパンを食べたい気持ちは君と一緒なんだ。そうだ!この焼きそばパンを半分に分けて一緒に食べるのはどうだろう!」


台本を機械に読ませているような、一切の感情が込められていない棒読みで提案してくる彩希に顔を顰めていると、背後にいた誰かが彩希の頭頂にチョップを食らわせた。



「痛いっ!」


「あんたまた真島くんに迷惑かけてるんでしょ。」


「鈴香ちゃん!? ち、違うもん!たまたま食べたいパンが清華くんと被ったから一緒に食べようって提案しただけだから!」


「じゃあ、これは何?」


鈴香と呼ばれた女子が手に持っている袋には、到底一人で食べ切ることができない量の焼きそばパンが入っていた。


「それは...くそっ、魔王ヤキソバーンの仕業か。あいつは私が倒したはずなのに!」


「どうせ真島くんが普段焼きそばパンを食べてるの知ってて買い占めたんでしょ。」


「な、なんのことか分からないね!この気配は・・・はっ!あそこで魔王ヤキソバーンが私を呼んでいる!」


魔王ヤキソバーンとやらの気配を感じ取った夢見は今にも疼き出しそうな右目を抑えながら食堂から去っていった。


「ごめんね真島くん、また彩希が迷惑かけて。」


夢見にチョップを食らわせたのは俺たちとは別クラスの谷鈴香たにすずか。夢見曰く、小学校からの友人らしい。谷は夢見とは違い、どちらかと言うと図書委員が似合いそうな大人しいイメージだ。だからこそ周りからは学年一の変人である夢見の世話をしている苦労人というイメージだ。


「はぁ、別に谷が謝ることじゃないだろ。別にそこまで気にしてないよ。いつもの事だし。」


「ありがと、でもあの子も悪い子じゃないの。そこだけは分かって欲しい。」


「あいつが俺にちょっかい掛けなくなったら考えるよ。」


これあげるから勘弁してよ、と微笑を浮かべながら大量の焼きそばパンを俺に渡した鈴香は魔王ヤキソバーンの元に向かった夢見の後を追っていった。



「なんなのあの子。距離近すぎじゃない?」


「だよねー。奇抜な格好してるから自分は特別とか思ってるんじゃない?」


「あはっ、言えてるかも。」


彼女たちが居なくなったのをいい事に、急に刺々しい言葉が飛び交うようになったこの空間の空気に反吐が出そうになった俺は、大量の焼きそばパンを肩に担いでその場から離れた。



「どうしたんだよ真島。そんなに夢見にちょっかいかけられるのが嫌だったのか?」


「さぁ、多分そうなんじゃないかな。」


食堂から急にいなくなった俺を追いかけてきた二人に、俺は曖昧な反応をした。


「さぁってなんだよ。でも夢見さんと一緒にいるとこっちまで変な目で見られそうだけどね。」


「確かにな、普通・・の人じゃ仲良くするのは難しいよな。あんなのと一緒にいる物好きなんて谷くらいだろ。」


翔太と森が珍しく意見が被るのを見て、何だか底なし沼にハマったような感覚になった俺は無意識に言葉を漏らした。



「普通ってなんなんだろうな。」


「ん?なんか言ったか清華。」



「え?あぁ、何でもないよ。今日は一人でメシ食うわ。」


二人の返答を待たずして、俺は一人でご飯を食べるために屋上へ向かった。


「あぁくっそ。むしゃくしゃすんな。」



屋上のドアを開けた俺は、さっきの2人の会話を聞いて湧き出た自分の中に渦巻くこの気持ち悪い感情を発散するように自分の頭を掻きむしった。




「あっ、清華くん!」


「なんでお前がここにいるんだよ・・・」


屋上のドアを開けた先には、人ほどのサイズがある大きな画用紙に、よく分からない魔法陣のようなものを描いていた夢見の姿と、その近くでそんな夢見を温かい目で眺める苦労人、谷がいた。


「もちろん魔王ヤキソバーンを退治するための魔法陣を作っている最中だよ。他に何があるの?」


「そんな物騒なことを学校の屋上でやるな。そして当たり前のように魔王ヤキソバーンの存在を肯定するな。」


「それよりもなんで清華くんは屋上に来たの?・・・はっ!?まさか私のことが心配─────」


「いや、違うから安心しろ。むしろ実在するなら俺はヤキソバーンに加勢したいくらいだ。」


「ほぉほぉ、なんだかんだ清華くんも乗り気だねぇ。」


人差し指と親指で顎を擦りながらニヤニヤしている彩希の姿を見て何か言い返してやろうと思ったが、そんな気すら起きなかった。



「でも実際にどうして真島くんは屋上に来たの?いつも一緒にいる二人もいないみたいだし。」


谷に話しかけられることで現実に引き戻された俺は、自分の本心を誤魔化すように答えた。


「あー、なんとなく?たまには一人で天気のいい日に屋上で食べるのもいいかなって。


「ふーん。そういうことにしておいてあげる。」


一瞬寒気がした。この女はたまに全てを見透かすような視線を浴びせてくるからあまり得意ではない。苦労人、恐るべし。


「・・・なんだよその顔は。」


谷と話していると横から面倒くさいなにかを感じた俺は、その方向に顔を向けてみると頬を膨らませてじーっとこちらを睨んでいる夢見の顔があった。


「別に?清華くんは鈴香ちゃんと話す時は随分素直なんだね?いいと思うよ?素直な人間というのは素敵だもんね。」


「めんどくせ〜。はぁ、もういいわ。俺は戻るから。」



こんな魔法陣がある屋上では食欲が湧かなかった俺は、仕方なく踵を返した。


「おい、離せ夢見。俺はこんな物騒なところでは食欲が湧かない。」


ドアを開けて校内に入ろうとしたら、夢見が俺の制服の裾をつまんでいた。


「ふっ、その扉は私の呪術によって開かないようにしたから無駄だよ。」

 

「そうか、でも試してみないと分からないこともあるよな。」


俺は夢見の呪術を破るべく、地面を踏み込んでドアへと近づいた。


「ちょ、待って!諦めて一緒に昼食を摂ろう!どうしても嫌と言うなら私も本気を出さざるを得ないが。」


「他人の制服をつまみながら脅すやつ初めて見たぞ。」



クックッ、と不気味な笑みを零しながらブツブツと呪文のようなものを唱えだした夢見を見て、本格的にヤバいと感じた俺は仕方なく一緒に昼食を食べることにした。



「お前らいつもここで食ってんのか?」


「まぁね。さっきの魔法陣のように人に見られてはいけないこともするからね。」


「この子の場合、教室だと居場所があんまりないからここで食べてるの。」


そう言われた夢見の顔は見る見るうちに赤くなっていき、顔を下に向けてしまった。


「原因は分かってるんだろ?」


「もちろん分かってるよ。この格好のせいで変な目で見られているのは。」


そう呟く夢見の顔は今まで見たことないような、どこか遠くを見ているようだった。


「じゃあなんでやめないんだよ。そうすれば今よりマシになるだろ。」


そんなの俺が気にする必要は無いのに、喉の奥からから言葉が零れてしまう。


「この指輪ね、小さい頃ある男の子から貰ったの。」


夢見が昔を懐かしむように指でなぞった指輪は、いくつも付けている指輪のうち、その一つだけが子供がつけるようなおもちゃのものだった。


(あぁ、知ってるよ。)


「私小さい頃はもっと陰気な感じだったんだ。けどね、この指輪をくれた男の子のおかげで変われたの。」


(そうだな。よく覚えてるよ。)



「だから曲げたくないの。他人にどう思われても今の自分を変えたくない。そのおかげで今、君ともこうして話すことができてる。」


昔に見た彼女とはまるで違う、周りの目を気にせずに自分を貫き通すその姿。その光景が眩しくて、思わず笑みが溢れた。


「そうか。なら俺から言うことは何もないな。」


「あっ!清華くんが初めて私の方を見て笑ったよ!」


「うるせぇ。笑ってない。」


「いーや確実に笑ったね。」


くだらないやりとりがいくらか続いた後、夢見は俺の方を指さして大胆不敵に言った。


「いつか絶対に私で萌やしてあげるから、覚悟しておいてね。」



俺の心臓を燃やすほど輝いていた夢見の表情を、俺は生涯忘れることは無いだろう。




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