【第二九話 高低差ありすぎて耳が猫化するわ】


 時計を見ると朝の五時。もう朝か。


 布団に入っても眠気は無くてアドレナリンばかり出てて、一睡も出来なかった。

 新曲への期待とやる気が凄まじく、鈴木さんは〝ご褒美〟という人参をぶら下げたつもりだけど、私にとっては、この新曲自体が人参効果を発揮している。


 でも、こんな寝てない状態でトゥインクルとの合同ライブのリハーサルなんて出来るのだろうか?


「うにょぉ〜お! 何で新曲の発表が昨夜なのよ! 何でリハーサルが今日なのよ!」


 とりあえず今のうちに叫んでおこうと思って、布団を頭まで被って大声でぶちかます。みんなの前で弱気は見せられないからね。


「よし! 整理完了! 起きろぉ!」


 ガバッと跳ね起きて、もう一声出してロッキーも起こす。


『おはよう美優。今日は早いんだね!』


「おはようジョウジ。今日は決戦の初日だからね。ロッキー、起きろ!」


 ジョウジはモノだけあって眠りにつかない。けれどロッキーは身体は生物なので睡眠が必要だ。

 よく寝てる時に獣に食われずに今まで生き延びてこられたものだわ。


『うむむむ……朝食か?』


 お前、その寝起き様で高貴を気取るのかよ。


「そうだよ。さ、起きた起きた!」


 自分も着替えなど身支度を済ませて、朝食の用意に広間のキッチンへと急ぐ。

 朝食だけはその時に居るメンバー皆んなで広間で採るようにしている。

 今日は六人分の用意をしなければならない。とくに誰が作るとか取り決めはなく、早く起きた者から順々に全員で準備する。


 さて、お魚焼いて……と、いつもの献立を思い描きながらキッチンに入る。

 驚いた事に、もう全員が起きてて、テーブルにも六人分の焼き魚定食が用意されている。


 私が最後だったのか! しかも全て終わってるとか。皆んな早すぎじゃない?


「おはよう。ごめんね!」


「おはよう美優ちゃん。大丈夫だよ! さ、こっちはもういいから、食べよ食べよ!」


 順々に挨拶して、文句を言う者は誰も居ない。ありがとう、皆んな。


 ご飯に味噌汁に焼き魚。魚の種類こそ日替わりで違うけど、私が「朝はこの献立じゃないとダメだ」と言ってから、朝は必ずこの献立になっている。

 私に気を遣わないでいいから、皆んなが食べたい朝食メニューにしていいと言った時は、

「メニュー考えなくて良いし、この献立は落ち着くし、栄養バランスも良いし、何より日本人なら朝は味噌汁でしょ?」

 なんて、皆んなが皆んな口を揃えて言うんだもの。ロッキーも大好物の味噌汁が毎朝飲めるって喜んでたし、私にとっても凄く嬉しかった。


 朝食時にはもちろん新曲の話題が出る……事はなく、私の成人式の前撮りの話に集中した。

 着物は何を着たとか、髪型はどうしたとか。

 凛ちゃん、唯ちゃん、彩香ちゃんも同じく来年に成人式だけど、前撮りはこれから行う組と、前撮り自体をしない組に分かれている。

 私以外のメンバーは元々都内出身だから、仕事の合間に時間を作って出来るからいいよね。

 わざわざ実家に帰らなきゃならない私からすれば羨ましいったら!

 本番の日まではまだ一ヶ月以上あるし、着物や髪型などはその日までにゆっくり決めれば良いと言ったのは花梨さんで、流石は成人済みの経験者。


 一応、自撮りした着物姿の画像を見せたけど、全員が興奮して私のスマホを取り合う姿は、さながら獲物に群がる〝亡者〟そのものに見えた。


 そんなまでして見たいものか?


 仕方ないので、自撮り画像を皆んなにデータ送信してあげたけど、全員がそれをスマホのロック画面に設定してたのは後で知った。


 いやいや。そんなまでする代物か⁉︎


「さ、ちゃっちゃと食べて用意しましょう! 対馬さんが迎えに来る時間だよ!」


 データを貰ってホクホク顔の花梨さんのプッシュで皆んなが黙々と食べ続ける音だけが、こだまする。


 まったく……気恥ずかしいったら。




「ええー! 美優ちゃん、麗葉さんと会ったのお⁉︎」

「う、うん」

「ズルいズルいズルいズルい!」


「まどか、落ち着いて!」


 対馬さんが運転するワゴン車の車内で、昨日の出来事を皆んなに話していた。


「そんな友好的なアレじゃないから。これからバチバチに戦うんだよ?」


「要するに木田麗葉さんはシャイニングが面白くないんですね?」


 彩香ちゃんは相変わらずズバッと言うなぁ。


「そうなるよね。でもいいんじゃない? トゥインクルを越えると宣言してる私達からすれば、馴れ合いをするよりかは全然いいわ」


「そうそう! 喧嘩しちゃおうよ美優ちゃん!」


 いや、花梨さんの言う事は頷けるけど、唯ちゃんはイキりすぎじゃないか?


「そんなんじゃないよ、唯ちゃん。私はただ、改めてトゥインクルを越えるために頑張るよって皆んなに言いたいだけだよ。麗葉さんも、その気持ちを察して、私の負けん気を出したんだと思うの」


 実際はそうじゃないかもしれないけど、そういうことにしておいた方が精神は健康だよね。


「美優ちゃんて、お人好しだよね……」


 そっと頭を撫でてくれる凛ちゃん。ありがとう。


「そうかもしれない。でも何があろうと、私達は迷っちゃいけない気がするの。ブレない気持ちを持って挑まないと。期限はあと二年半しか無いんだから」


「そうね」

「そうだね」

「うん!」

「打倒、木田麗葉!」

「いや、まどか。そこはトゥインクルでしょ?」

「どっちでもいいじゃん!」


 良かった。車内には良い空気が流れている。


『流石は美優だな。人の上に立つ資質は女王の魂そのものだ』


 ロッキーはどうしてもついてくると言うので連れて来たけど、どうせその目的はパタソンだろうな。


「ロッキーもパタソンと喧嘩しちゃダメだからね?」


『向こうが挑発するのだ。コピー品のくせにオリジナルのわれより優れたモノだと思い込んでおる』


 まあ、ロッキーのコピーなら偉そうなのは納得よね。


「はいはい。仲良くはしなくてもいいから、余計な事はしないでね?」


『善処する』


 善処か〜い!


「はぁい。皆さん着きましたよ!」


 運転席の対馬さんが車を停めて声をかけてくれる。スタジオに着いたんだ。

 木田麗葉との第一ラウンドは新幹線で私の負け。第二ラウンドも駅まで送ってもらって私の負け。

 第三ラウンドのステージはここ、ゼノンの所有するスタジオだ。トゥインクルに劣らないぐらいのパフォーマンスを披露してやる!


 お互いのスケジュールの都合がつかなくて、朝早い時間なのがちょっと辛いけど。


 しかも私は一睡もしてない状態で……。


 車からレッスンスタジオまで直行する。もう何十回もここでレッスンしてるので、勝手知ったるものだ。

 シャイニングは六人しかいないけど、トゥインクルは三十人以上いる大所帯なので、今回の合同ライブには、選抜隊として人気ランキングの上位十人が参加しているらしい。


 合同ライブと言っても、テレビの歌番組の特番ゲストにトゥインクルもシャイニングも呼ばれていて、そのステージを一緒にやる……というのが今回の企画で、そのリハーサルの初日が今日行われる。

 一緒に同じ歌を歌うのか、別々に違う歌を歌うのか、持ち歌を歌うのか、違うアーティストの曲を歌うのか、何にも決まってなくて、今日やっと発表があるらしい。さっき対馬さんがそう言っていた。


 スタジオに入り、スタッフの方や先に入っていたトゥインクルのメンバーの子たちに挨拶回りをしていく。

 当たり前だけど知ってる子ばかりだ。一緒に歌えるなんて、嬉しいな。

 周りを見てみても、麗葉さんはまだ来ていない……みたいね。


「久しぶりだね、伊吹さん。元気にやってるかい?」


 唐突に後ろからした声にびっくりした。


「横山さん! お久しぶりです。はい! 元気です!」


 横山さんとは、あれ以来会っていなかった。どうしてここに?


「ロッキー君も元気そうだね」


『うむ。良きに計らうと良いぞ』


「ははは。では後でな」


 さっさと行ってしまった。横山さんがここにいる理由……これは何かあるな?


「ねえ、美優ちゃん。横山さんがここに居るって事は、この企画……」


 凛ちゃんも同じ意見だったか。横山さんの口から、またとんでもない発言を聞くかもしれない。

 この一年、色んな仕事をしてきたけど、変わってる事させるなぁ……と、サプライズ的な意味合いの仕事は全部、横山さんの閃きによるものだと鈴木さんから聞いていた。


 四年限定のアイドルグループという奇抜な事を思いつく人の案件なので、そりゃあ色々とやりましたよ。

 コミケでコスプレイヤーしてくるとか、横須賀に停泊してる海上自衛隊の護衛艦の甲板上でライブするとか、およそアイドルらしからぬ仕事は沢山あった。

 けれども、それをやってきたからこそ今のシャイニングの人気があるんだとも鈴木さんは言っていた。

 確かにそうとは思う。自分達だけじゃなく、ゼノンや横山さん。ひいてはファンがあってのシャイニングなんだと、凄く思う。


「うん。凛ちゃんが感じてる懸念は私も持ってる」


 雑談はそこでストップした。何やらスタッフの方々の動きが活発になった気がしたからだ。

 その理由は直ぐに分かった。麗葉さんが来たんだ。


 トゥインクルの上位十人とは言っても、一位の麗葉さんと二位の差は圧倒的に開いており、トゥインクル内でも一目置かれてるみたい。

 他のメンバーの子の態度を見てると、麗葉さんに気を遣ってるのが分かる。


 トゥインクル十人、シャイニング六人が揃ったらしく、それぞれが整列して横山さんの話を聞く体勢になる。


 やっぱり麗葉さんは目も合わせてくれない。一応、挨拶だけはしてくれたけどね。


「皆さん揃いましたね? では今回の企画の内容を発表します」


 横山さんは、ニコニコと大きく目を開いていて……やや興奮してるのかな?

 ヤバい。この企画は超大変だと、私の直感が告げている!


「先日皆さんに伝えた新曲の猫耳メイドのやつですが……」


 え? あれってシャイニング用のじゃないの? トゥインクルも聞いてるの?


「その曲はまだアーティストが決まってません。トゥインクルかシャイニングか、どちらがシングル曲としてリリースするのか決めたいのですが、それをファンの方に決めてもらおうと思ってます」


 ——はいぃ?


 何だそれは! 流石に皆んなでザワザワしだす。


「今度の歌番組で一緒にパフォーマンスを披露してもらいます。その後、ゼノンのサイトに特設ページを作りますから、そこで投票を集計します。票が多かったグループがこの新曲をリリース出来ます。細かい事は後でマネージャーから聞いておいて下さいね。それでは僕の方からは以上です」


 言うだけ言ったら、さっさと退室してしまう横山さん。あの、シャイニングが始動した会議室の頃から何も変わってない。


 ったく、横山さんらしいなぁ。って感心してる場合かぁ!


 トップアイドルであるトゥインクルの上位十人に、ファン投票で勝てって?

 中学生がメジャーリーガーに挑むようなもんじゃないか!

 どうやって勝てって言うのよ! 無理だよぉ。


 ——私の猫耳メイドがぁああ!

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