【第二八話 猫耳は正義】


「ただいまです!」


 時刻は夜も九時になろうとしていた。成人式の前撮りも終えて、シャイニング・マンションに帰ってきていた。


 一年振りに帰った我が実家、和菓子屋〝伊勢屋〟は外装こそそのままだったけど、内装はシャイニングのグッズ売り場と化していたし、外には二メートルを超える立て掛け看板が【シャイニング伊吹美優の生誕店】の文字と私の写真入りで設置してあった。


 あれは恥ずかしかったなぁ。


 お陰様(?)で店は繁盛してるようで何よりなんだけど、来店するお客さんが帰ってきた私を見た時の驚き様は凄かった。


 私ってこんなに人気あったんだね。


 シャイニングになる前は、来店客はほとんど常連のお客さんが多かったが、今はシャイニングのパワースポット巡礼の如く色んなお客さんが来るらしい。

 これは後でエゴサーチして知った事だけど、伊吹美優をSNSなどで語る時によく和菓子で形容するのは、これが原因なのだった。

 人を団子とか、柏餅とか、桜餅とかで表すのはどうかと思うけど……私自身、それらが大好物なので否定出来ないのが何とも。


 お爺ちゃんからは実家に帰らなすぎだと言われたけど、こんな状態じゃ近寄りたくなくなるのは人間の心理としては当然でしょうよ!

 ゆっくりしたいのに、ゆっくり出来ない実家に問題があるんだ!


 着物店での前撮りだって、お店の人がキャーキャー騒ぐものだから中々進まなくて。

 撮られる本人を無視して、何度も何度も撮り直しや髪の毛のセットを直したりしてるものだから、予定より長い時間掛かっていた。

 いや、グラビア撮影かと思ったわよ。そこまで本格的にしなくて良かったのに。


 夜の七時には帰ってる予定がこの時間になったのはそのせいだった。


 帰りの電車でも、よく周囲に注意を払ってみると、声こそ掛けてこないが私が伊吹美優だと気付いてる人は結構居たようだった。

 私、芸能人なんだな……と、そう実感出来る実りのある一日が過ごせて良かった。すっげー疲れたけどね。


「おかえりなさい。遅かったわね?」


「ただいま、彩香ちゃん。なんか撮影する人が気合い入れすぎちゃって。皆んなは?」


 広間のリビングには彩香ちゃんだけだった。


「そりゃ美優ちゃんの着物姿だもの。気合い入って当然よ。皆んなはそれぞれでお風呂に入ってるわ。私はもう済ませてここに居るの」

「そうかなぁ。そんな映えないと思うけどなぁ。で、何読んでるの?」


 彩香ちゃんは、ソファに座って、何やら冊子みたいなのを読んでいるみたいだった。


「これ? クイズ番組の台本。今度出る事になってるの」

「へえぇ。いつの間にそんな仕事が入ってたのよ?」


 クイズ番組か。私には無理だな。


「昨日聞いたの。ま、シャイニングの恥にならないように頑張ってくるわ」

「うん。応援してる! 私もお風呂入ってくるね? 疲れちゃった」

「ゆっくり浄化されておいで? お風呂は命の洗濯よ?」


 笑顔でそう言う彩香ちゃん。その台詞は何処かで聞いたことあるような無いような……ま、いいか。

 広間のリビングから自分の部屋へと戻り、お風呂にお湯を張るついでにジョウジに挨拶。


「ただいまジョウジ」


『おかえり美優!』


「さ、お風呂入るよ! 先に浮かんでて?」


『お風呂に浮かぶのが僕の使命だしね!』


 ジョウジの商品名は【うきうきアヒル】だっけか。お風呂に浮かんでウキウキか。上手いこと言うもんだわ。


「ロッキーもお風呂入るよ? 今日は遠出したんだし、たまには洗わないと汚いから」


『承知した。高貴たる者、身だしなみは大切だからな』


 じゃあ、自分で洗ってよね。



 お風呂を上がり、部屋着で広間のリビングに行った時には既に夜も十時を過ぎていた。


 何となくリビングに誰か居るかな……と、赴いただけなんだけどメンバー全員が居るとは思わなかった。


「あれ? 珍しい。皆んな揃ってる!」


「美優ちゃん遅いよ。美優ちゃん待ちだったんだよ?」

「そうなの?」


「まどか。美優ちゃんは久しぶりに帰省してきたんだから、ゆっくりさせてあげなきゃでしょう?」


 まどかも花梨さんも皆んなパジャマだったり部屋着だったりとラフな格好をしている。

 最初の頃はこうしてよく一緒に夜を過ごしてたけど、今はそれぞれで活動する仕事が増えて、パジャマ姿を見るのも久しぶりだ。


「いいんだよ、花梨さん。ごめんね、まどか。ロッキーもお風呂に入れてたから遅くなっちゃった」


 肩にはシャンプーの良い匂いがするロッキーが眠たそうにしている。私も眠たい。今日は早く寝てしまおう。


「美優ちゃん座って? 鈴木さんから大事な話があるんだって!」


 そう言って凛ちゃんは自分の隣の空いてるスペースをポンポンと催促する。


「大事な話? 何だろう……」


 凛ちゃんの隣に座ると、彩香ちゃんがいつの間にかそこにあるノートパソコンをテーブルの上で起動している。

 カメラが内蔵されてるタイプで、メンバーがSNSの生配信や自撮りをアップする際に使用している。

 他にもテレビ会議で利用もしていた。今回は会社に居る鈴木チーフマネージャーとのリモート会議をするって事で、私待ちだったのね。


 知らなかったとはいえ、遅れてごめんなさい!


「お、伊吹さんが来ました? それでは早速ですが、シャイニング会合を始めます」


 ノートパソコンの画面に映ったのは会社のデスクに座っている鈴木さんだった。デスクのパソコンのモニターには私達が映ってるはず。


 会社がこのシャイニング・マンションに全員で住むことを承諾したのは、これが最も大きな要因だった。

 タレントの行動管理や報連相の手間がかからないのだ。居住にかかる経費面も全てまどかの家が負担しているとなれば、飛びつくに決まっている。

 まどかがそこまで計算に入れて言い出したかどうかはさておいて。


「すみません。言ってくれたら早く来たのに」


「いやいや。久しぶりの休日で帰省だったし、ゆっくりしてもらおうと思ってたので大丈夫ですよ。それより皆さんに大事な発表があるので、心の準備は良いですか?」


 いきなりですね……何だろう。


「は、はい。大丈夫です!」

「そんなに気負わなくていいよ」


 いや、あんたが心の準備しろ言うたやん!


「えー、シャイニングの新曲が出来ましたのでお知らせします」


 へ? 新曲? 今までに五曲は出してるけど、六曲目って事?


「新曲だって美優ちゃん!」


「出た! 新曲キラーの凛!」


「何それー⁉︎」


「あぁ、はいはい。静粛に! 発表しますよ!」


 一瞬で姿勢を正す面々。


「まず、タイトルは【聞いてほしい子猫のように】です」


 子猫……にゃんにゃん? ふむふむ。


「衣装がこちらです。カラーですがラフ画で、すみません」


 鈴木さんがモニターのカメラに向けて出した一枚の絵には女の子が立っていた。着ている衣装が黒いメイド服の。そしてそして、頭には猫の耳が付いています。


 えっと、随分とその、あの……いいの⁉︎


「わぁ! 可愛いぃ! 私、メイドさんの格好した事ないから、すっごく嬉しい!」


 第一声を挙げたのは凛ちゃんだ。


「私も無いなぁ。唯はある?」

「ある訳ないでしょ。まどかはありそう」

「無いよお。花梨ちゃんは?」

「私も無いなあ。楽しみだね! 美優ちゃんは?」

「へ? 私?」


 ある。着たことある。しかも自前で持ってて実家のクローゼットにある。言っていいのだろうか。凄く悩む。


「えと……ある。ていうか自前で持ってる」


 五者五様の驚きがそこかしこに見られた。いや、モニターの向こうを含めると六者六様か。


「や、あの……コスプレとか興味あって、家で一人で着て楽しんでただけだから!」


 今度は五者五様の納得の表情がそこかしこに。モニターの鈴木さんだけは、あまりピンと来てないようだ。


「なるほど。さすが美優ちゃんは私が惚れ込んだ女ね」


 いや、花梨さん! その台詞は曲解されちゃう可能性が!


「先輩! メイドの心得をこのまどかに教えて下さい!」


 先輩言うな!


「やっぱりリーダーは頼りになりますね?」


 彩香ちゃん、こんな時だけリーダー扱いすな!


「にゃんにゃん。タイトルが子猫だから、子猫にゃん」


 あぁ……凛ちゃんの子猫、可愛い!


「そう! 伊吹さんのそのニヤけ顔良いですね。ファンの方にそんなニヤけ顔をして頂こうと思ってこの衣装になりました」


 み、見られてた。顔が熱をもつのが自分でも分かる。


「衣装の方はまだ出来上がってませんが、仕上がりましたらユーチューブの動画は、その衣装を着て撮影してもらいますね?」


 料理の動画だからメイドさんはマッチしてるし違和感無いけど、やっぱり猫耳は着けるのかな?


「あと内緒ですが、社内投票で猫耳メイドが一番似合っていたのは誰かを決めます。一位のみ一人だけ発表して、会社から素敵なプレゼントを用意してます」


 え? 社内だけ? ファン投票とかじゃないの?


「鈴木さん、ファン投票とかじゃないのですか? 普通はそんな形を取ることが多いと思うのですが」


 すかさず切り返す花梨さんは流石だ。


「シャイニング内でランキングをつけるような事はしたくないんです。シャイニングはシャイニング全体として世の中には評価してほしいんですよ。でも、人参をぶら下げた方が頑張るのが人間のさがでしてね」


 私達は馬か。


「その人参ってどんなのですか⁉︎」


「ゼノンが責任持って、一位になった人の願いを可能な限りで叶えます。欲しいモノでも、したい事でも、ゼノンが出来る事なら何でも」


「一億円くれって言ったら?」


 おいおい、まどか! 流石にそれはないよ。


「あげますよ」


 あるんかい! って、それマジですか⁉︎


「ですので、頑張ってファンの方々にアピールして下さいね? 新曲の発売日は今年中を予定してます。それに合わせた企画も幾つか用意しています。それらを通して、ファンに最も支持された猫耳メイドを会社の人間が投票します」


 うわぁ……グループで競争心を煽るやつだ。


「それでは、また明日会社で」


 鈴木さんとの通信が終わっても、メンバー間はソワソワしていた。

 こういう状況は、私のリーダーとしてのグループを纏める質が問われるやつだ。

 でも今回、私はリーダーとしては失格かもしれない。なぜなら……猫耳メイド!

 それは私の一番の憧れ! 誰よりも私に相応しいコスプレ(?)だ! 黙ってるけど、発表された時から熱の入れようはメンバーの比じゃないからね!


 沸々と沸き起こるこの熱量で、必ず一番になってやるんだから!


「それじゃあ、明日も早いから今日はもう寝ましょう。五時半にはここに集まるのよ」


 え……五時半?


「花梨さん、五時半? そんな早くに何かスケジュール入ってた?」

「美優ちゃん……いい加減スケジュールぐらい把握しとこうね? 明日はトゥインクルとの合同ライブの打ち合わせだよ?」


 そ、そうだったぁあ!


「そうだ忘れてた! ロッキー、寝るよ!」


『…………』


 もう寝てるし……。

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