【第三〇話 先輩からの手厚い洗礼】


「はい、ワンツー、ワンツー!」


 デモ曲を流しながらの、リズムを身体に覚えさせるレッスンは、普段のレッスンとは違っていつも以上に真剣にやる。

 この新曲を奪い合うという趣旨を聞いた時は、絶望感に打ち拉がれてたけど、今は違う。

 レッスンに入る前に麗葉さんに言われた言葉が、身体を動かしてる間も頭から離れない。


「勝負? 勝ち負けが見えてる競い合いを何て言うか知ってる? 出来レースって言うのよ。テレビ番組だからステージではトゥインクルの引き立て役に徹して、私達の邪魔はしないでね?」


 あ〜んな事言われて、この私があっさりと引き下がる訳ないじゃん!

 絶対にシャイニングがこの曲を歌ってやるんだ! 猫耳メイドは私が着るんだ! 私の闘争心に火をつけた事を後悔させてやる!


「はい、じゃあ今日の合同レッスンはこれでお終いね。後は各自で自分のパフォーマンスをしっかりやって下さい。来週を楽しみにしてるわね?」


 曲のサビの部分だけ全員で同じ振り付けで歌うけど、他の部分は自由にパフォーマンスしていいらしい。

 そこが今回の企画の最大の売りでもあり、最高のアプローチポイントだ。

 テレビカメラが数台あるので、いかに自分を映してもらえるかを各自で積極的にアプローチしろということみたい。

 セットもメイドカフェっぽいセットを組んでいて、小道具もたくさんあるから活用していいと。


 自由度が高い分、難易度も同時に跳ね上がるんだと思わなかったのかな?


 この構成を練った人は完全にバトらせる気満々でしょ。〝勝つ気〟がある子だけがテレビ画面に映えるなら、そりゃ皆んなやる気になるよ。


 トゥインクルやシャイニングの振り付け担当のトレーナーである佐々木さんは、この二組が一緒にレッスンする機会に感慨深い様子だけど……すみません。こちとら内心バチバチである。

 来週までに各自が歌を覚えて、サビ部分のフォーメーションの練習をすることになり、今日のレッスンは終了した。


 なんだかんだで時刻はもう、お昼になろうとしていた。あんなに朝早くからやってたのに、時間が過ぎるのはあっという間だねぇ。


 麗葉さんの荷物の近くに居たロッキーも、麗葉さんが荷物に近寄ってきたので、私の肩に戻ってきた。

 ロッキーの存在も、知能の高い珍しい小鳥として、ゼノンの中では常識になりつつあった。

 なのでこうして放し飼いにしておいても問題無いと皆んなに認識されている。

 恐らくだけど、これも横山さんの根回しによるものだと私は思う。すごいわ。


『終わったか美優。身体を動かすのは良い事だぞ』


「リアクションに困るようなコメントしないでよ。パタソンと話してたの?」


『うむ。美優に有益な情報は大して得られなかったがな。彼奴あやつと木田麗葉との馴れ初めを聞いてきた』


「本当に大して有益な情報じゃないわね。喧嘩しなかった?」


『喧騒などと下世話な対応をわれがするものか。彼奴は気の毒なコピー品だからな』


 今、一瞬でもパタソンの肩を持ちそうになったよ。


「そ、そう。なら良いんだけど」


「麗葉! 次の現場まで急がなければならない。シャワーは後だ。行くぞ!」

「あ、はい! 直ぐ行きます! それじゃ皆んなごめんね? お先!」


 忙しいんだね。あたふたと行ってしまった。

 メンバーの子とゆっくりしてる暇も無いんだなぁ。ちょっと気の毒かな。


「ねえねえ、伊吹さん? 麗葉と何かあった? あんなに敵意丸出しの麗葉、初めて見たから」


 鬼の居ぬ間に何ちゃらか。トゥインクルの他のメンバーの子が話しかけてきてくれる。

 そう言えば、トゥインクルと話をする機会はあったけど、今までは後ろの子ばかりで、人気上位の子と話をするのは初めてだ。


「え、いえ。特に何も……」


 を大きくしない方が良い。リーダーとして当然の対応です。


「美優ちゃんね、麗葉さんに宣戦布告されたんですよ!」


「まどか! なんて事言うのよ! な、何でもないんです。何でも!」


 割って入ったまどかを戒めるのは花梨さんだ。流石は頼りになる。


「ほら、まどかは居残りレッスンよ! 朝ご飯食べすぎたんじゃない? 動きが鈍すぎる!」

「えぇー! 花梨ちゃんの方が食べてたじゃあん!」


 引きずられるように連れられて行く姿が面白くて、つい周りの皆んなも笑顔になってしまう。


「シャイニングって良いよね!」

「ね! 羨ましい位に絆が深くて仲良くって」

「今、最も伸び代のあるアイドルだって噂だもんね!」

「麗葉ったら、妬いてるんじゃないの?」

「あー。それあるかも!」


 トゥインクルの子達が話すのは良いんだけど……囲ってる私を置いてけぼりにしないでほしい。


『ふむ。美優の才能に妬んでおるのだな』


「いや、ロッキーさん? 妬まれるような才能は私には無いから」


「あら? その鳥、ロッキーって言うの? 可愛いじゃなぁい!」


 小声で言ったつもりだったけど、聞こえてたのね。


「本当! あ、本当に触っても嫌がらないんだね!」


『くすぐったいな……』


 ワイワイ、キャッキャと今度はロッキーがターゲットにされている。

 喜べ! 若い美人にここまでチヤホヤされる事なんて、そうそう無いぞ?


「伊吹さん、さっきの話の続きだけどね?」


「は、はい!」


 ロッキーと触れ合うのが飽きたのか、一人が急に真顔になるので、かしこまってしまう。


「そういうところよ。あなたの、そういうキャラ? シャイニングを引っ張るあなたのそういうキャラに嫉妬してるのは麗葉だけじゃないと思うの。私だって嫉妬してる」


「……え?」


「そうだねー。複雑だよねー」

「うんうん——」


 え、何何? 何が始まるの?


「シャイニングは皆んな可愛いし、それぞれキャラが立ってるし、勢いあるし羨ましい」

「楽曲も良いし。私、ファンクラブ入ってる」

「あ、ずるーい。私も入ろっかなあ?」

「入れ入れ! 私の推しは市原唯ちゃんだ!」

「えー! 私は美優ちゃんだよお?」


 や、抱きつかれるのは想定外でした!

 トゥインクルに抱きつかれちゃったよぉ。

 てか、真面目な話はどこいった⁉︎


「ね? 皆んなシャイニングが好きなんだよ。でもそれはイチ個人としてね。でもトゥインクルとしては、後輩に負けてなんかいられないの。次の新曲は渡さないからね!」

「そうだそうだ! 先輩の意地ってもんがある!」


 抱きつかれながら、ほっぺをグニグニされながら、指を突きつけられながら、胸を揉まれるのはどうかと——胸?

 誰だ! 人のおっぱいを揉んでる奴は⁉︎


「わぁ。美優ちゃんはプロフィールだとDカップてあったけど、Eカップありそうじゃない?」

「え? 嘘! どこどこ?」


「ひゃいん——! ちょ——!」


 集団痴漢に合ってます! ポ、ポリスメーン!


「や……そんな……あ!」


 それぞれが代わる代わるに緩急をつけて揉んでくるし、今日はレッスンだったのでスポーツブラだから敏感な場所が敏感に感じるから敏感にならざるを得ないから敏感で……て、あぁあ!


 周りの人の目があるんですけどぉ!


「はい、冗談はお終いにしましょ?」


 はぁ、はぁ。え〜っ止めちゃうの? いやいや、やっと解放された。


「い〜い? 伊吹さん。全力で戦いましょう? 私達も全力で新曲を捕りに行くからね!」


「あ、ありがとうございます。私達シャイニングがこの新曲を歌ってるところを、是非ライブ会場で観て下さいね!」


「言ったなぁ〜!」


「や、ちょ! あは——っはは——くすぐった!」


 今度は一斉にくすぐりの刑に処される。たまらず座り込んでも、さっきのパイ揉み以上に長い時間解放されなかった。

 ようやく開放された時は、息をするのもやっとなぐらいに疲弊していた。


「美優ちゃん! 私達も移動があるから急げだって! 美優ちゃん、大丈夫?」


 近寄って心配そうに顔を見つめる凛ちゃんの顔が小悪魔に見えた。次は凛ちゃんの番なの? 何をされるのだ⁉︎


「おーい。美優ちゃん立って!」


 私の期待をスルーした凛ちゃんに支えられて、ようやく立ち上がる事が出来た。


「じゃあ、また来週ね? 伊吹さん!」

「来週もまた揉ませてねー!」

「時間あったらシャワー浴びよう?」


 口々に本気だか冗談だか分からない意味深な言葉を掛けられても、返す気力を奪われてるので笑顔で会釈するしかなかった。


 一緒にシャワーなんてしたら……無理だぁ! 勘弁してくれぇー!


 対トゥインクル初顔合わせ……敗退。

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