【第二五話 保守的!クッキングアイドル(仮)】
「さあ、始まりました! 突撃! シャイニングの夕ご飯! 本日のシェフは伊吹美優さんと市原唯さんのお二人です。実況は私、舞沢まどかがお送りしております」
まどかがカメラをこっちに向けたり、自分に向けたり切り回しながら実況も担当している。
「まどか! タイトルが違うよ!」
「じゃあ、唯ちゃんタイトルコールね?」
唯ちゃんがツッコミを入れても動じない。すっかりまどかのペースだ。
初回の収録からこんなに飛ばして大丈夫なのかな。
「やれやれ。行くよ美優ちゃん!」
唯ちゃんも慣れたもので、こういう時は流れに乗ってノリを良くしたもん勝ちだと知っている。もちろん私もだ。
「おーけい唯ちゃん!」
収録前に練習した通りにやれるはずだ。変なポーズはとらずに、エプロン姿でピースするだけだけど、タイトル名がアレなのですよ。
「保守的! クッキングアイドル——」
「
まどかの構えるカメラに二人でピースサインして笑顔を向ける。
〝保守的! クッキングアイドル
これがユーチューブチャンネルの番組名だ。
公式でシャイニングのユーチューブチャンネルは既にあり、仕事現場の裏側などを配信している。
そのサブチャンネルとして新たに開設したのがこのタイトルな訳である。
チーフマネージャーの鈴木さんも、プロデューサーの横山さんも、まどかの提案に乗り気で、話はどんどん進み、まどかの提案から一週間で開設や、タイトルから収録の仕方など、細かく決められてしまっていた。
収録は私達だけでやり、後日にデータを事務所に渡した後、編集されて配信される。
最低でも週一回は収録してくれと頼まれてるけど、そのノルマは問題無い。
タイトルも色々と大人の事情があるので、深くは突っ込みはしない。
それはいい。それはいいんだ。
問題は、何で私の台詞が
まどかが「その方がおいしいよ?」と上手い事を言うので受け入れたけど、実際にやってみて複雑だよ! 後で順番制にするように進言しよう。そうしよう。
「さあ始まりました。新番組! このチャンネルでは、私達シャイニングのお夕飯事情を赤裸々に曝け出しちゃいます! 普段私達が何を食べているか、教えちゃいますね!」
唯ちゃんも乗り気だ。
「一緒に住んでるのは皆んな知ってると思うけど、ちゃんと自炊してるんですよ?」
私も負けじと可愛く振る舞う。
「カーット!」
まどかが急にカメラを止めて怒り出す。マジ監督かよ。
「美優ちゃん、自炊アピールいらないから! そんなの当たり前で、わざわざ言う事じゃないの。いきなり献立の発表から入っていいから。はい、美優ちゃんからやり直しね!」
監督、厳しくないですか?
まどかはカメラを構え直し、指でカウントダウンしてキューサインを出す。
「はい。今日のメニューはシチューです! 寒い日はシチューで暖まりましょう!」
「良いね!
「そう!
お鍋に水を入れてコンロに火を入れる。
「おっと、ここで美優ちゃんが鍋で水を沸騰させに入りました」
まどかの実況が独り言のように聞こえる。てか、まどかは喋る必要あるのかな。
「美優ちゃん、見ている人に美優シチューが何かを説明してくれる?」
実況と監督と忙しいね、まどか。
「あ、そうね。えっと、私が作ったシチューが好評すぎて、シャイニングの間で美優シチューと呼ばれてます。作り方も簡単で、包丁を使わないんです」
「包丁を使わないなんて、凄いシチューです! 具材は何を入れるんですか?」
実況と監督に加えて司会までやるのね、まどか?
「ほうれん草とサラミのシチューです。食材はこれだけです!」
「おーっとぉ! 美優ちゃんから〝これだけ〟宣言が出ました!」
「ノリノリだね、まどか。美優ちゃん、私っていらなくない?」
つまらなそうにしてる唯ちゃんが不憫に思えた。実際、美優シチューは簡単すぎて唯ちゃんが余っている。
「それぐらい、このシチューが労力を使わないで簡単に作れるって事だよ! 私が居ない時も皆んな作って食べてたじゃない? それに唯ちゃんには、私が使わないほうれん草の茎を使ってもらうから」
「あ、そうだった。美優ちゃん、茎ダメなんだった」
「ここで美優ちゃんの好き嫌いの公表です。うちのリーダーは好き嫌いが多すぎます。野菜の茎が苦手なんです」
「ちょ、まどか! それ言わなくて良くない?」
「それより美優ちゃん、お湯沸いたよ?」
くぅ……まどかめぇ。
「えっと、お湯が沸いたらシチューの素を入れます。具はまだ入れません」
粉状のシチューの素を入れて溶かし、まんべんなく行き渡った所で具材を取り出す。
「さて、シチューが出来たら、具を入れてきます。サラミはコンビニで売ってる薄切りのやつです」
サラミは封を開けて全部鍋に入れる。
「続いて、ほうれん草は水で洗ったものを千切って入れます。はい、唯ちゃんコレ」
葉っぱの部分だけ適当な大きさに千切って鍋に入れて、残った茎だけになったほうれん草を唯ちゃんに渡す。
「後はグツグツとトロみが出るまで煮込んで出来上がりです!」
シチューをかき混ぜながら、唯ちゃんに渡ったほうれん草の茎がどうなるのか見届ける。一体、茎だけをどうするのだろう?
「シチューの良い匂いがしてます! このシチューは元々、めんどくさがり屋さんの美優ちゃんが、その場にある具材で適当に作ったら美味しかったからハマって、その後も作り続けてるシチューらしいです!」
いや、まどかさんよ。その言い方って無いんじゃ……。
「まどか、こっち撮って?」
「はい! 茎だけになった哀れなほうれん草さんが、唯ちゃの手元で生まれ変わろうとしています!」
いや、まどかさんよ! 私が悪者みたいに言うのはどうかと……。
「この茎は、みじん切りにします!」
まな板の上で、唯ちゃんが上手に包丁を扱ってほうれん草の茎をみじん切りにしている。
てか、スピード速すぎ!
「見て下さい、唯ちゃんのこの包丁さばき! 良い奥さんになるよ!」
確かに私よりも数段速い。
シャイニングメンバーは皆んな料理が上手なので、負けず嫌いな私も感化されて上達してるけど、ここまで包丁を速く扱えない。
羨ましいから私も練習しなきゃだ。
「このみじん切りの茎は明日の朝の味噌汁の具になります」
そう言って唯ちゃんはミニタッパーに切った茎を入れて、カメラにアップになるように前に出してウインクしている。
「ここまで細かくしておいて、尚且つ味噌汁なら美優ちゃんも食べれるでしょ?」
唯ちゃぁあん。なんて優しいの! そしてこの一瞬でそんなの思い付くなんて素晴らしい!
「ありがとう唯ちゃん。それなら食べれるかも!」
「そっちは出来た?」
冷蔵庫にミニタッパーを仕舞って、唯ちゃんは鍋を見てくる。
「うん。美優シチュー、完成です!」
「シャイニングの定番メニューの一つ、これが美優シチューです。おぉ〜っ。美味しそうです!」
まどかはカメラを鍋のアップにしている。丁度いいから、お皿に盛ってる所をそのまま映してもらおう。
「このシチューはね、塩コショウとか調味料を一切使ってないんだよ。サラミの塩加減が良い感じに効いててね?」
「早く食べたぁい!」
実況はどうした、監督さん? 匂いに負けたか?
三人分のシチューをお皿に盛ってテーブルに移動している間、まどかがカメラを三脚に固定してテーブル全体が映るようにしている。
テーブルには映えるようにお花とパンが置いてある。
「では、頂きましょう!」
「いただきまぁす!」
「いただきます!」
うん、いつもの味で美味しく出来た。
「これこれ! この味の虜になってからシチューはこれしか食べれないんだよねー!」
料理上手の唯ちゃんに言われると余計に嬉しい台詞だ。うふふふっ。
『ところで、
カメラに映らない所から訴えるロッキーは悲痛に満ちた空腹音を鳴らしていた。
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