【第二六話 王者への挑戦状】


 はぁ……憂鬱だ。どうして私のやることなすこと、こうも円滑に進まないんだろう。


 自分の部屋のベッドの上で寝転がり、ボンヤリと天井を見ながら呆けていた。


 シャイニングの夕飯動画は、おかげさまで二週間でチャンネル登録者数が十万人を越えて、皆んなで歓喜していた。

 まだ三本しか動画は上がってないけど、シチューの評判は凄く良い。


 トゥインクルの人気を越える! と、意気込んでいるメンバーの力の源になろうとしていたのは間違いなかった……はずなんだけどな。


 あれからトゥインクルも同じような動画を配信し始めて、こちらは一週間で三十万人の登録者数となり、シャイニングの動画の再生数は陰りに陰り出している。

 壁の高さを改めて突き付けられて、皆んなもそうだし、私のやる気が大きく削ぎ落ちてるのが現状だ。


「はぁ〜あっ……」


 こんな大きなため息もつきたくなるわよ。


『美優、どうしたの? 元気無いね』


 黄色いアヒルのジョウジは変わらずに机の上で元気だ。


「大丈夫じゃないけど大丈夫だよ! ありがとうね。疲れてんのかな」


『こっちに引っ越して来てから働きっぱなしだもんね! 偉いよ!』


「……ありがとう」


 こうやって労ってくれる人(モノだけど)が居るのは非常にありがたい。自分のしてる事に自信が持てる。


 ジョウジは私の癒しです。ありがとうね。


 そうだよ。トゥインクルを越えるなんて無茶な目標だってことは最初から分かってたじゃん。

 でもそれを敢えて掲げたのは自分じゃないか。たかだか動画配信の一つや二つで落ち込んでてどうするの。

 相手は王者だ。その王者に挑むんだから劣勢なのは当たり前!

 どんどん次の手を打ってけばいいだけ。


「よおし! 私、頑張るからねジョウジ!」


 ベッドから起き上がり、テーブルのジョウジに向かって拳を突き付けてやる。


『うん。美優は元気なのが美優だよ。僕はいつでも応援してるよ! これから仕事?』


「ううん。今日は仕事無し。実家に帰る用事があってね。ほら、私二十歳だから!」


『二十歳だと何かあるの?』


 そっか。ジョウジは五歳に近い知識と知能なので、成人式とか知らないんだね。


「日本では二十歳になったら大人になりましたねってお祝いするのよ? 着物を着るんだから! 今日はその前撮りをしに帰るんだよ」


『へー。美優は大人になるんだね!』


「大人になってもジョウジとはずっと友達だし、家族だからね。安心して?」


『うん! 良かった!』


「じゃあ、行ってくるね! 夜には帰るから」


『うん! 行ってらっしゃい!』


 自分の部屋を出て広間のリビングを見渡す。ここ数日、は私の部屋じゃなくて、この広間のリビングにいる事が多い。


 私、避けられてるのかな?


 探しモノは直ぐに見つかった。相変わらずリビングのソファでタブレットを見ている。何を観ているんだろう?


 何も言わずにタブレット画面を見てみると、木田麗葉のドキュメント動画を観ていた。


「ふぅん……ロッキーも美女が好きなのね」


『ん? 気になる事があってな。確証を掴める情報を得られるか吟味しておる』


 何じゃそりゃ。どれだけ美人か確認してるっての?


「私の部屋に居ないでずっと木田麗葉を見てるの?」


『ふむ。ヤキモチ焼くのは構わないが、美優の為にやってる事だ』


「な! ヤキモチなんて——」


 妬いてる……確かに妬いてる。私より木田麗葉の方が可愛いから。ロッキーは私より木田麗葉を選ぶんだね。


『まあいい。どうしたのだ?』


「……気になる事って何よ?」


『うむ。この木田麗葉という女の首にあるペンダント。その宝石がわれのよく知る精神感応金属オリハルコンで作られた宝石の輝きに思えてならなくてな』


「え……オリハる?」


精神感応金属オリハルコンだ。アトランティスで生み出された奇跡の金属だ。その金属を、ある鉱石と合成させ研磨した宝石を幾つか知っている。独特な輝きを放つのが特徴的で直ぐに判別出来る』


 ふ、ふ〜ん。なるほどなるほどぉ……よく分からん。


「で、その宝石が何だって言うの?」


『ただ光の当たり具合で、そのように映ってるのかどうかを他の画像や動画で確認しておったのだ。恐らくはそうだと思うのだが、やはり直接この目で見てみないと確証を持って、そうだと言えぬな』


 いや、人の話を聞けよ。


「だからそれが何だって言うのよ! 私と何の関係があるって言うのよ!」


『そこまでは何ら問題はない。あれがただの宝石ならな……』


 こいつワザとか? 随分と勿体ぶって話すじゃないの。


 目線を外してふと、壁の時計を見ると、出発予定時間を十五分も遅れていた。


「げ! もうこんな時間だ! ロッキー、急ぐからとりあえず話は後にして行くわよ」


『何処に行くのだ?』


「前から言ってたでしょ! 成人式の前撮りで実家に帰るって!」


『なるほど、それが今日か。御祖父上殿ごそふうえどのは元気にしておるのかの?』


 何が、御祖父上殿だよ……ったく。


 マスクをしてニット帽を被り、フードの大きなコートを着て、いざ出発!


 フードはロッキーの居場所用だ。カゴを持つのも邪魔だし、バッグの中だと可哀想なので、ロッキーと出かける時は、なるべくフード付きの服を着るようにしている。

 ロッキーの任意で出入り出来るし、電車や建物の中で人目からも隠せるし、何より私が余計な荷物を増やさなくて良いから、このアイデアは自画自賛である。


 エレベーターで一階まで降りて正面入口から外に出ると、目の前に白いスポーツカーが路上駐車している。

 特に気に留める事なく、駅まで徒歩三十分の道を走って行こうとした時に、思いがけない声が車からしてきた。


「あら、伊吹さん。お出掛け?」


 振り向くと、運転席から降り立ってこちらを見ている木田麗葉がそこに居た。


「え! 麗葉さん?」


 何でここに居るの⁉︎


「こんにちわ。シャイニング・マンションてどんな所なのか見に来ただけなんだけど。まさか伊吹さんに会えるなんて思ってなかったわ」

「あ、私もびっくりですよ! でも、すみません。急いでるのでこれで失礼します!」


 頭を下げて挨拶して逃げようとしたけど甘かった。


「待って! 歩き? 車で送ってってあげるわよ?」

「え、でも……」


 車で送ってもらえるなら、こんなにありがたい事はない。でも、しかしだ。


『時間が押してるのだろう? 好意に甘えれば良いではないのか?』


 肩に乗ってるロッキーの言う事は正論だ。でも私の直感が止めた方が良いと告げている。


「私の車に乗れないってんなら別に構わないけど?」

「あ、乗ります乗ります! 是非お願いします! すみません。遅れてるので助かります!」


 そんな事言われたら断れないじゃない。相手は事務所の大先輩でもあるし、アイドルとしても頂点に立つ人だ。社会のしきたりってやつよね。


「じゃあ、助手席に乗って? 後ろは荷物があって散らかってるから」


 チラッと後部座席を見ると、沢山の荷物がある。クーラーボックスや長いケースが横たわっている。釣り道具かな?


「はい、ありがとうございます。失礼します」


 助手席に座ってシートベルトを締める。何て座りこごちの良いシートなんだ! 内装もシンプルだけど高そうな雰囲気がある。くそぅ、羨ましい。


「で、どこまで行くの?」

「あ、駅です」

「駅ね? すぐそこの?」

「はい。そうです」

「伊吹さんは今日、休日?」


 車が走り出して直ぐに麗葉さんから質問が飛んでくる。


「はい。成人式の前撮りがあるので実家に帰るところなんです」

「成人式かぁ。そっか二十歳かぁ。私もそんな時があったなぁ。もう歳ね」

「そんな事ないです。麗葉さんはいつまでも可愛いままですよ!」

「ありがとう」


 まどかが言いそうな台詞を言ってみる。送ってもらってるんだ。相手を気持ち良くさせてあげないとね! これも社会の……ね。


「麗葉さんも今日は休日ですか?」

「そう。釣りに行こうと思ってたんだけど、なんかそんな気分じゃなくなってね。ドライブがてらにブラブラしてたらシャイニング・マンションが目に入ったから、一目見ておこうと思ってね」

「そうなんですか……」


 へぇ……釣りが趣味なんだこの人。


『麗葉の趣味が釣りだなんて初耳ですね。素直に偵察に来たと言えばいいじゃないですか』


「え、偵察?」


「え、伊吹さん今——」


 しまったぁ! つい口から出てしまった!

 女の人っぽい声だから、麗葉さんだと思って返事しちゃった。よく考えたら声色が違うし。ていうか今の誰よ!


『あらあら。この子、私の思念を受け取れるのね?』


『誰かと思えば、この思念の質はパタソンか。まだ存在しておったんだな』


『あら。もっと驚くべき事態ね。まだ生きてたんですね? ロッベルナさん』


「え? パタソン?」


 ロッキーの知り合い? 知り合いのモノがいるの?


「え? 誰……その鳥?」


 麗葉さんもロッキーをチラッと見て不思議そうな顔をしている。


 待って、待って待って。色々起こりすぎ!


「麗葉さん、ロッキーの声聞こえるの?」


『ロッキーですって⁉︎ 何ですかその変な名前は? あー可笑しい。ロッベルナ氏は改名されたんですね』


『改名ではない。愛称で呼ばれてるだけだ!』


 なんか、凄くウケてるけど、どいつが喋ってるんだ? 人の命名にケチつけるやつ……ペンダントか! そう言えばロッキーが何か言ってたな。


「えっと、何から言えばいいかな。伊吹さんはパタソンの思念を受け取れるのね?」


 ロッキーとパタソン? が、何やら言い合いしてるのを横に麗葉さんは冷静に聞いてきた。もう状況を飲み込んだのかな?


「はい……ハッキリと」

「そう。という事は、私と同じ能力者って事でいいのね?」

「はい……たぶん」

「よりによって、なんて事かしら」

「すみません……」


 別に悪い事してる訳じゃないけど、新幹線での一件があるから、引け目を感じて謝ってしまった。


「何であなたが謝るの? 謝るような事なの? おかしい事なの?」

「あ、いえ。そう言う訳じゃ」

「ますます許せない。絶対に許せない!」


 麗葉さんは何故こんなに怒ってるのか理解出来ない。私、何かしたかな。


「伊吹さんには悪いけど、私はシャイニングの台頭を許さないから!」


 あ、なるほど。そういう事ね! 私達シャイニングが売れて困るのはトゥインクルだもんね。


「麗葉さん、ごめんなさい。私達はそれで、はい分かりました。と、引き下がる訳にいかないんです」

「分かってる。今日は、わざわざ来た甲斐があったわ。こうして伊吹さんに直接会って言えたから」


 車はいつの間にか駅のロータリーに入り、麗葉さんはハザードを点けて停車させると、こちらを向き直る。

 その瞳は凄く綺麗に力強い眼光を放っていた。


「先に言っておくわね。潰されても文句言わないでね? それが芸能界なの」

「分かりました。でも、簡単には潰されませんよ。いつか麗葉さんを越えてみせますから」


 こちらも力強く微笑み返す。私から王者への宣戦布告だ。


「良い覚悟ね。今度は仕事で会いましょう」

「はい。送って頂いて、ありがとうございます」


 車から降りて頭を下げる。その時に初めて確認出来た。麗葉さんの胸元に、青く輝く大きな宝石をあしらったペンダントがある事を。


『ロッキーちゃんも元気で長生きしてちょうだいね?』


『ふん。其方そなたに言われたくないな。それにわれは美優と共に生き、美優と共に死ぬと既に決めておる』


「パタソン、それぐらいにして行くわよ。じゃあね伊吹さん」


 そう言って車は走り出して行ってしまった。


「ロッキー。聞きたい事がいっぱいあるの」


『うむ。我も話さなければならない。パタソンの正体をな』


 麗葉さんの車が見えなくなるまで、しばらくずっと見ていた。

 今日が私のアイドル人生の転換点かもしれないな。

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