【第二四話 味噌煮込みうどん】
「美優ちゃん! 起きて、美優ちゃん!」
まどかに起こされて、ハッと目が覚める。眠っていたらしい。
「うぅ〜ん……おはよ、まどか」
「何、呑気にしてるの? 東京だよ? 全然起きてくれないんだもん」
「伊吹さんの寝起きの悪さは公式プロフィールに載せても良いレベルですね」
「あ、田口さんそれ良い! 載せちゃいましょうよ!」
「会社に戻ったら更新しておきます」
マジで言ってる? でも恥ずかしいけど、面白いので載せてほしいと願っている私は何なのか。
「あ、麗葉さんは?」
「美優ちゃんが寝てる間に行っちゃったよ? 顔を隠してても綺麗な人だよね!」
ぽーっと顔を赤らめて、うっとりしてるまどかの方が私には可愛いけどな!
そっか。先に行ってしまってたか。改めて謝りたかったけど、仕方ない。
一行は駅に迎えに来ていたゼノンの送迎車に乗り込んで、シャイニング・マンションまで渋滞の中を進んで行く。
流石に夜の七時前となると、交通量も大幅に増えている。
マンションに着くのは八時かなぁ。お夕飯どうしようか。皆んなは帰ってるかなあ?
初のライブハウスでのライブから二ヶ月後、今から八ヶ月前に、都内の一角の高層マンションの最上階フロアを全て借上げて、そこにシャイニングのメンバー全員が住んでいる。
本当のマンションの名前は別にあって、シャイニングが住んでるという事で、最初の頃は私達が勝手にシャイニング・マンションと呼んでるだけだったんだけど、いつしかSNSでもその呼び名が広まって定着し、オーナーと入居者の満場一致の採決で改名されてしまった。
反対者が一人も居ないのってどうなの?
元々、最上階フロアは無人で、年に何回かだけ別荘的な扱いで使用される程度だった所を、シャイニング専用の居住フロアに大改装されている。
思ったよりも早く着き、マンション前で田口さんに別れを告げ、まどかと中に入る。
最上階まで昇ったエレベーターを降りると、マンションの正面入口にあった防犯用のオートロックとは別のオートロックがあるドアがある。
ここのロックの解除は顔認証システムを導入してるようで、予め登録してある人間しか入れないので、セキュリティ面は安心している。
中に入ると、かなり広いリビングとキッチンがあり、レッスン場まで完備してある。
奥に個室が七つあり、六部屋はそれぞれで使って一部屋は空いている。
改装時に潰しても良かったけど、配管などの関係で残さざるを得なかったみたい。
個室は2LDKの間取りで、その個室は元々あった部屋を少し改装した部屋だ。
メンバーの皆んなが揃ってる時は皆んなで食事したりリビングでくつろいでる。
最近は個々の仕事が増えて、皆んなが揃う時の方が少なくなっていて、個室でそれぞれが食事している。
それがちょっと寂しいんだよねぇ。
お風呂は流石に個室にしか無いので別々に入れるのは助かった!
防音もしっかりしてるようで、一人でナニをするにも、都合の良い環境に大満足している。
そんなこんなな、この天国とも言えるマンションは、まどかのお願いで、まどかのお父さんが用意してくれたものだ。
まどか……あんた、どんだけ超お金持ちのお嬢様なのよ!
「シャイニングが売れたらマンションの価値も上がって改装の投資分は回収出来るし、何より娘の為だ。これぐらい安い安い!」
なんて言える舞沢パパって何なの⁉︎
ライブハウスの時に
「ただいまぁ……」
リビングには誰も居なかった。
でももう一人(?)同居してる奴が居るはずなんだけどなぁ。
『おかえり美優。意外と早かったな』
帰ったのに出迎えもしないでタブレットで動画を見ながら、ソファでくつろいでいる青い小鳥のロッキー。
メンバーの皆んなもロッキーには慣れたもので、超頭の良い小鳥と認識している。
ちょっと冷静に考えれば有り得ない事なんだけど、素直に受け入れているシャイニングが凄いのか、それともバカなのか……。
「ロッキーだけ? 皆んなは?」
『
首を振って態度で示してくれてるので、私がロッキーと会話出来る事は凛ちゃん以外には知られていない。
『わざわざアクションを付けて返答するのか? まるで着ぐるみだな』
なんて文句垂れて渋ってた割には、今じゃしっかりやってくれている。ありがとう。
「美優ちゃん、お夕飯どうする?」
「う〜ん……」
自分の部屋の冷蔵庫にはパッとしたものは入っていないんだよねぇ。
広間のキッチンに行き冷蔵庫を眺めてから冷凍庫を漁る。うどんがあるな。
「煮込みうどんにしよう。中途半端な野菜があるから、それ使っちゃお!」
「良いねぇ! 暖まろう!」
季節は間もなく十二月になる。夜が冷え込むから丁度いいしね。
『美優、我は味噌が良いぞ』
「いいよ! 味噌煮込みうどんにしよっか?」
上着を脱いでまずは手洗いを済ませて調理に入る。
「伊吹シェフ。アシスタントに指示をお願いします」
髪の毛を後ろに束ねて、やる気満々のまどかのこういうノリは嫌いじゃない。いや、むしろ大好きだ。
「では、まどかさん。野菜を適当な大きさにカットしてもらえますか?」
「かしこまりました! ええと……人参、大根、ほうれん草。ちょっとだけ残ってたこれを使えば良いんですね?」
「そうですね。煮込み時間を短縮するので、人参も大根も直ぐに火が通るように薄切りにしてもらえますか?」
「さすが伊吹シェフ! 了解です」
こうして一瞬でショートコントに入るのは、シャイニングのお家芸になりつつある。
と言うよりかは、私が簡単に
ま、楽しいからいいんだけどさ。
鍋に水とめんつゆを少々入れて沸騰したら味噌を溶く。
「美優ちゃん、味噌なのにめんつゆ入れるの?」
「これ? 美味しいんだよ! 入れすぎないのがポイントなの。出汁の代わりになるし旨味が増すんだよ?」
「へえぇ……」
沸騰したら、まどかが切ってくれた野菜と冷凍うどんを入れて、蓋をして弱火で煮込む。
「これに鶏肉とかあったら美味しいんだけどなぁ」
「鶏肉か……」
カウンターに立って私達の料理を見ていたロッキーと視線が合う。
『それは笑えない冗談だぞ?』
「何も言ってないじゃん!」
「ほら、ロッキー! 良い湯加減だよ?」
蒸気を上げてコトコトと煮立っている鍋にロッキーをエスコートするまどかの目は、イタズラっ子そのものだ。
『煮えたぎっている温度を湯加減と言うこの娘は常識を学んだ方が良さそうだ』
「まどか! ロッキーがスルーしてる!」
「みたいね! 反応してくれないし」
二人で笑い合うのが楽しくて、悪いけどロッキーは置いてけぼりだ。
そうこうしている間に、うどんは完成していた。ロッキーの分を先に分けて冷ましておく。
丼に移してテーブルにて、お夕飯タイム。
「いただきまーす!」
「いただきまぁす!」
『ありがたく戴こう』
それぞれが一口目を口に入れると思われたが、私は例の赤い調味料、一味唐辛子をうどんの表面に満遍なく振りかける。
十二、三振りはしたかな?
メンバーにもかけ過ぎだって注意されたけど、うどんにはこうするという私のこだわりなので、これだけは譲れない。
「相変わらず凄い量をかけるねぇ……ズルズル……む!」
ため息と共にうどんを啜るまどかの動きが一瞬止まる。どうした?
「まどか大丈夫? 熱かった?」
唐辛子をうどんに馴染ませる為にかき混ぜていた箸を止めて、心配そうに顔を覗いてみる。
「美味しぃぃぃいっ! 何これ⁉︎ ふーっ、ふーっ。ズズっ……ほふっ……」
いや、そのリアクションはオーバーじゃないだろうか。
「美優ちゃん、お店に出せるよこれ!」
「いやいや、そんなレベルに無いよ。お店の人に失礼だよ」
「めんつゆ入れるだけで、こんなに違うの?」
「言ったでしょ? 美味しいって。ズルズル……うん、旨辛っ」
『かまぼこがあれば尚よしと言ったところだな』
ロッキーもお腹を空かせてたのか、好物のうどんだからか、もう食べ終わっている。うどんが好きな鳥も珍しい。
「ん! かまぼこ良いね。今度、かまぼこ買っておこう」
「あ! うふふ……」
まどかがハッとして、ニマニマしながら顔を輝かせている。
こういう時のまどかは、ろくでもない何かを閃いて熟考しているんだ。
「まどか……今度は何を閃いたの?」
恐る恐る聞いてみる。答えを聞きたいけど、怖くて聞きたくないのもある。
「美優ちゃんのユーチューブチャンネルを作るよ!」
「…………はい?」
「クッキング・アイドル、伊吹美優!」
「…………へ?」
待って待って、待って!
そのネーミングは版権とかどうなの⁉︎
クッキング? ユーチューブ? 私? へ?
「ロッキー、助けて!」
『面白そうだし、良いではないのか?』
裏切り者ぉ!
「チーフマネージャーの鈴木さんに、やっていいか聞いてくるね!」
まどかはカバンに携帯電話を取りに行ってしまった。行動、早っ!
てか、私やるって言ってないからぁ!
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