6.避け太一君
ある放課後に、亮介と佐藤とやらの会話を太一は盗み聞きしてしまった。それからというものの、どうも亮介を避けてしまっていた。
「太一君!一緒にテラスでお昼ご飯食べよ!」
「すまん。今日は撮影あるんだわ」
実際、昼休みには学園祭で自主制作の映画の撮影があった。俺はモブ役くらいしかないので必要かどうかでいえば不要なのだが、撒くのにちょうど良い口実だった。本当はこのシーンは期末試験が始まる前に撮っていたシーンなのだが、編集の途中でデータをぶっ飛ばしたとのことで撮り直しになったのだ。
それからも一日に何度もいろいろな誘いを亮介は太一に持ちかけていたが、そのすべてを一蹴していた。出雲は残念そうにはしていたが、無理に誘うことはなかった。
数日ほど太一が頑なに拒み続けるも、それでも出雲は懲りずに「帰ろう」と誘う。
「いや、今日は…その」
今日は、何も口実がなかった。クラス発表の迷路づくりの作業は資材が足りなくなって買い出し班が今日買ってきて、明日に突貫工事することになっていたし、そもそも働きづめだから帰れとも言われていた。
とはいえ、嘘だけは言いたくなくて、何と言って断ろうか、と言いよどむ。そうしていると、何に対してのかは分からないが、亮介は焦ったような顔をしているのが視界に入る。何だってんだ……
「今日の作業はないでしょう?撮影だってない。そうでしょう?だったら今日くらい一緒に帰ったっていいでしょ?!なんでそんなに避けるの!今までそこまで避けなかったじゃない?!」
亮介は興奮し、怒っている、焦っているような口調で太一を畳みかけるように問う。初めて見せた感情を乗せた声色に驚いて、顔を上げると、声色その通りに表情が歪んでいた。初めて見たな。
「なんで?答える義務はないだろ?」
自分が思っていたよりも自嘲したような冷たい声が出てしまう。こんな言い方をして嫌われないだろうかと弱い心が生まれそうになるが、「お前には誕生日プレゼントを渡すような恋人がいるだろう。そうは思いたくはなかったけれど、遊ばれているようにしか思えないんだ。そんなに興奮されても俺はお前にほだされてやるか。」そう思いなおして、殊更に無感情を太一はその顔に貼り付ける。
「ぎ、義務?義務はないけど…」
目の前の美丈夫は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。これも太一には初めて見た表情だ。
「だろ?そもそもおかしな関係だったんだ。友人という仲でもなく、まして恋人のような仲の深さでもない俺たちが一緒にいるのがさ。ああいやお前が一方的に来た、の間違いかな?」
「…、っ!」
亮介から見て、太一は自身に対して明確な好意を見せていなかったし、どんな小さな誘いだって亮介からの発信であった。故に、自分さえ拒否すれば、惨めな思いを持っていたことを知らせずにこの変な関係を断ち切れると信じた。
あっけなく、出雲が声をなくしたように返答に詰まる。堰を切ったように、彼の涙腺から玉のような涙がこぼれだし頬を伝っていくのを太一は綺麗だな、と眺めていた。
涙のしずくが顎から自由落下すると、自分がそうさせたのだと思い至る。顔を見ていられなくなって太一は視線を下げる。
頭の上では、亮介の喉は声を出せなかったのか、「は、」と空気だけを吐いた。
「だったら、だったら、なんで今まで拒否してくれなかったの。これほど拒否されるならこんな心、こんな恋心、知らないままで居たかったよ」
苦し気に震わせられた小さな声が、声の大きさと反比例して亮介の悲しさを太一の鼓膜に伝えた。はとして、視線を戻すと、亮介のいつも絶やさなかった笑みが涙でいびつな形になっていた。
自身の心臓をつかむように右手が左胸をつかみ、こんな状況でも鮮やかな赤色の団Tシャツに皺を寄せている。太一にも亮介の心が伝播したかのように、痛ましいものを見る目をしながら、自身のどこかを傷めたように口をゆがませる。
表情を崩してもなお、「俺だって、同じだよ」という言葉だけは腹の奥底に隠せたのは長い時間、出雲への恋情を隠していたからに他ならないのだろう。
「そんな顔、しないでよ。君が、傷ついたような顔、しないで。ひどいよ」
ぐしぐしと、涙を拭いて、亮介はその場を去った。
そうだな、ごめんな。俺が悪いんだ。そう心の中で謝罪した。
目も合わせない日が丸一日あるのは、太一にとって変に居心地が悪かった。そもそもクラスが違うんだ。目が合うどころか顔を合わせるのだって故意じゃなきゃないよな。
亮介が、太一への激しいアプローチが無くなったこと以外は全くいつも通りに過ごしているようだが、亮介は偶にどこかを見やっている。と誰かが言っていた。傷ついた顔を思い出してしまうたび、これでよかったんだ、と自身に暗示をかけなければどうにかなりそうだった。
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