5.ある日の放課後(not遠山視点)

 期末試験が終わり、学校中が学園祭ムードに変わっていた。授業も学園祭準備のために削られるというこの学校の「本気」を出していた。「遊ぶ時に遊び、学ぶ時に学べ」とは誰の論だっただろうか。放課後は部独自の出し物のために部活動に所属する人間が必死の形相で準備に励んでいた。

 出雲亮介は、2年のある教室で部活動としてではなく、ダンス衣装の裁縫作業を進めていた。彼は一人ではなく、何故か他クラスの幼馴染佐藤も居残っていた。


「はぁ~今日も太一君かわいかったなぁ…いや!可愛いだけじゃなくて格好いいもある……」

 亮介は、ちくちくと手元の布地を縫い合わせながら、そうぼやく。


「お前は積極的過ぎるんだよな。あ、ていうかそもそもその、タイチクン?って、彼女とかいないわけ?」

 佐藤は自動販売機で買った炭酸飲料を片手で遊ばせながら、亮介に問う。亮介はその言葉にピクリ、と止まり目を泳がせ始めた。佐藤は内心大きく溜息を吐いた。

「え……あ…」

「嘘だろ?それ確認せずにあんなにアプローチしてたのかよ。普通に迷惑かもしれないぞ!?」

「恋人がいるかは知らないけど!アプローチは!好きだって言わないと伝わらないから…」

 薄い頬を空気でぷく、と膨らませて不満を表明するが、幼馴染から見てもあざといとしか思えない幼い仕草だった。佐藤は二度目は分かるように、これ見よがしに溜息を吐く。だからだめなんだと言うように。ついでに頭を振る仕草も入れた。


「アプローチは大事だけどさーちゃんと情報をだね……」

「なにさぁ。お前、恋人にすぐ振られるじゃんかよぉ。前の振られ方はストーカーみたいでキモいだったよな?!」


 俺は、佐藤のような「恋人の個人情報知りすぎてストーカーの一歩手前男」にはなりたくないなぁ……と、亮介はそこそこひどいことを幼馴染への評価としている。佐藤はそれを自覚しているが、でも好きな人のことは知りたいのだと反発する。

 

「それに、亮介君は勉強も運動もできるけど、人の感情の機微にはポンコツじゃない!それよりマシよ!」

「今俺、褒められて……?」

「え、マジかお前マジか。運動も勉強もできるってとこだけ聞いてたのか?馬鹿ポジティブかよ褒めてねぇわ。押してダメなら引いてみろって聞いたことないかよ?」

「押してダメなら引いてみろ?それって扉に使う言葉でしょ?」

 きょとんという擬音は彼のためにあるのかと思うくらいの反応をした。

「なにこの可愛い生物…!?よしよし…」

「なんだか分からないけれど、もっとなでていいよ?」


 佐藤が、亮介を甘やかすように撫でる。すると撫でられた本人は、ふんす、という声を出してどこか得意げに頭部への撫でを享受する。


 佐藤は、ふと、人が近づいているのを察知した。教室の窓に映る人影がこちらに気を向けているのを感じ取る。亮介の視界からは見えないが、あれは亮介の思い人だな~と確信すると、笑みがこぼれた。

 ちょっと攪乱が必要かもな。と佐藤は、幼馴染が恋で変になってるのみたい!という悪魔の心と、少しトラブった方が最終的にうまくいくでしょ!俺キューピット!の天使の心により、二人の関係の混乱を企てる。


 佐藤は適当なタイミングで撫でるのを切り上げ、話題を変える。

「そういえば、お前、サナちゃんにあげるプレゼントは用意したのか?来週じゃなかったか。愛しのサナちゃんの誕生日」

「......来週でしたか。え~~っと。ヘイ佐藤、[女の子 プレゼント 喜ぶ]検索」

「コスメ、アクセサリー、お菓子やお花、バスグッズ等が一般的に喜ぶプレゼントと言えます。ただし、それらの好みを熟知していないと、悲惨な結果にもなります。お菓子やお花は消費が早いので気兼ねが無いでしょう。」

 亮介は今まで気持ち悪いと言っていた男の脳みそから出力された検索結果をふぅん......と感心したように聞き入れる。

「コスメは俺ようわからんし、お菓子とお花のセットかなぁ。去年はバスグッズを献上したので。サナってチョコならなんでも好きだしね。花は確か...黄色が好きだったはず」

「愛しのサナちゃんに俺からもプレゼントしてい~い?」

「ダメ!うちのですから、手出さないでくれます?」


 人影が、走り去っていった。佐藤は亮介の話にちぇっと言いながらも「さて、これでどうなるかな」と内心で鼻歌を歌う。

 

「ハイハイ。あ、亮介、蒸し返して悪いんだけど、思い出したから聞くな?太一君ってよく女の子と話してるじゃん?あの子って太一君の恋人だったりしないの?」

「った!」

 亮介は佐藤の一言で針の先を狂わせる。幸い、針は指を掠めただけで流血沙汰にはならなかった。


「わ!大丈夫か。手も器用な亮介がそんなに動揺するとは」

「大丈夫。あの子と話してる時の太一君楽しそうだったの、思い出しちゃって。いや、そんな感じではなさそうだと、思ってるんだけど。そう思いたいだけかもね」


 亮介は、何度か首を振って動揺を振り払う。最後の一針を刺して、たまどめをして糸をぷつりと糸切鋏で切る。亮介の手には放課後一時間ほどで数枚の布からミシンのように緻密な縫い目で仕上げられた学園祭に使うダンスの衣装が居心地悪そうに収められていた。

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