4.分不相応な恋心(2)

 初めての学園祭の準備期間中のこと、悪意もない、他意もない世間話を聞いただけった。可愛らしいはずの女子の声が、その時ばかりは耳障りな甲高い声に思えた。

 人気ドラマの世間話。優秀なα様が運命の番を探すドキュメンタリー風のドラマの話だ。太一は聞きかじった事しかないため、Ωやβの女がαに選ばれる為に多く登場する程度しか知らない。

 運命を信じる女子たちは、αの男性が運命に会えるといい、と話に花を咲かせていた。彼女たちは、そんな話題の花を、近くにいた太一に振ってくる。

「遠山君は、あのドラマ見てる?」 

「俺あんまドラマ見ないからなーそれって面白い?」

 じゅくじゅくとした腹の底はひた隠しにしないと。そう思って当たり障りのない応えをする。

 視界に誰かの影が入り込んだ。その影は声を上げる。

「俺はあのドラマ苦手!αは相手を選ぶ側!みたいな強者感?あれが苦手ー」

「わ!びっくりしたーって!出雲君じゃない!なんでこのクラスに居るの?」


 思わぬ助け舟の声の主はイズモクン、という男子生徒らしい。声の主に視線を向けると、彼の綺麗なかんばせは口をへの字にして不満げにしていた。

 どこかで見た顔だな。


「ちょっと用事で!」

 不満げにしていた顔はころりと表情を変えて穏やかなものとなった。イズモクンは、お探しの相手が居なかったからか、その女子生徒に要件を言付けている。

 どこかで見たと思ったら、入学式の時に見たやつか。

 太一はイズモクンと女子生徒が話す姿をぼんやりと眺めて、桜を思い出していた。すると、視線に気づいたのか、イズモクンがこちらに振り向いて微笑む。用事が済んだのか、女子を含めた俺たちに手を振って「じゃあね!言伝よろしく!」と去っていった。


「はいはーい」

「小さな台風みたいな勢いだったな。彼、イズモクンって言った?」

「うん。出雲亮介君。彼、忙しいらしいから。遠山君は接点ないか」

「接点ないなぁ。体育とかでもグループ違うクラスだろ?話の内容的に、生徒会の人?」

「そう生徒会の人。」

 そうか。出雲亮介というのか。俺は何故か名前を知れたことに妙な達成感のようなものを覚えていた。


 クラスの出し物を、どこまで出来合いの物を使うか等と少々揉めはしたが、それもまた青春の一幕。良い落とし所を得て準備は恙無く終わった。


 そして待ちに待った学園祭は、晴天に祝われ開幕した。

 太一のクラスの出し物はシフト制となっており、昼からのシフト組は午前中に色んなところを回る。太一は恋人のいない寂しい友人とご一緒することにしていた。

「わー、やっぱ学園祭マジックか?アベック多くね?」

 俺は、隣の友たる向井の嫉妬を笑う。

「恋人出来なかったからって僻むなよ。それに、アベックって!お前語彙が古くないか?」

「まぁ、俺にはmy sweet遠山君が居るからぁ?!」

「そうだそうだ。俺で我慢しとけ。手、繋いでやろうか」

「遠山ァン♡」


 悪ふざけで言ったお誘いに向井はサーファーもかくやのノリで、もうノリノリで乗る。体をくねらせ恥じらいながら自身の手を俺の手にぴたりと添わせて指を組んできた。所謂恋人繋ぎ。

 背筋に悪寒が走る。こいつが自棄になってるだけとしてもこのテンションついてけねぇ


「語尾に♡付けるなよ!ホントに繋ぐやつがあるかよーきしょ…」

「あぁん。つれないこと言わないで♡」

「やーめろー!」


 なんて、気持ち悪い寸劇をしていると、見知った顔がこちらに歩いてきているのに気づいた。まずい。

「あ、これは違うぞ。 This is my friend. 」

 動揺してしまい、何故か出来の悪い英会話テキストのようになったのは許してほしい。俺の動揺など知ったものか、とばかりに向井は寸劇を続行する。


「友達?!ヤダ!私達もっと深い仲じゃない!ねぇ誰よこの女」

「あっ……兄がお世話になっております。」

「妹さんでしたか。いやマジすんません。こっちが世話掛けてます……」


 妹がやや困惑気味に挨拶すると、向井は先ほどまでの猫なで声を辞めて素に戻り、頭を掻いて謝る。なんだこれ。そんな向井を見てから、視線を俺に向けた妹の目には憐憫があった。おお、憐れんでくれるな、妹よ。


「お兄今シフトじゃないんだよね。お兄のクラス行ってくるね。どこ?」

「おん。そのまま真っすぐ行ったらすぐ分かる、よ」


 太一が、教室の方向を指差し教える。その指の先に出雲亮介がいた。その姿に目が離せなくなって、体が凍ったように動かなくなる。


「わかった。ありがと。じゃあね」

「楽しんできてね妹ちゃーん。あれ、どったの遠山」

「いや、なんでもない。どこ行きたいんだっけ向井。」


 頭を振って硬直を解く。どこそこに行きたい、という向井の話に答えながらも、脳裏に焼き付いた先ほどの光景に意識がまだ残っていた。指の先にいた出雲君がかわいらしい女の子を連れていた。学園祭ではよく見る風景、それが、やけに胸に引っ掛かった。胸に引っ掛かるのが何故かだなんて、自分の感情くらいわかる。

 今思えば出雲に桜の咲く日、目を奪われたのは一目ぼれだったのだ。

 

 煩わしい、分不相応にも芽吹いた恋心よ。どうか、枯れてしまえ。

 

 そう、願っていた恋心に、あの日、栄養を与えてしまった。




 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る