3.分不相応な恋心(1)
(オメガバースに関して独自設定を言及するシーンがあります。正直、本筋とは関係ないので読み飛ばしてもらってもいいっす)
こんな分不相応な恋心を抱いたのはいつからだっただろうか。ともあれ、初めてその人を見たのは入学式だった。
澄み渡る水のような薄い青を伸ばした晴天で、日差しが柔らかかった。まだ少し肌寒いことを除けば、まさに入学式日和。きゃらきゃらと新入生が笑いながら校門に集まっていた。見やると、どうも彼らは自撮りをしていた。新入生たちは校門の前で友達や家族と写真撮影を楽しむのが慣例のようだ。
その楽し気な風景を余所に、一人の少年――後でこの少年は出雲亮介というのだと知った――が校門を抜けると、ふと足を止めた。彼の視線に合わせると、並木の桜が、今が咲き時なのだ、この日でないといけないのだとでも言わんばかりに咲き誇っていた。彼はどのような気分で見ているのだろうか。そんなことを気にして、表情を見ようと視線を戻すとその場所にはもうおらず、さっきよりも小さな背中が見えただけだった。
「太一!おまたせ~!なんだいなんだい。君もしや桜に思いを馳せていたのかい?似合わなくないのが困りものだね!なんといってもからかえない!」
「びっ!!……おはよう白井。テンション高すぎ。それに、軽く貶されて気分悪いんだが?」
びっくりした。非常に。一方、死角から急に声を掛けてきた張本人は変な声を出して驚いた俺を見て少しニヤと笑っていた。彼女は同中学出身で唯一同じ高校に進学する友人の白井であった。桜に似合う男といっても「格好良い」を指すのではなく「かわいらしさのある顔」をこいつは指しているのだとわかっているのにどうして喜べよう。
貶された気分の腹いせに白井の歪んだスカーフを指摘しないでやる。腹いせには、勿論恨みがましい顔も忘れずに。中学はブレザーだったから着慣れていないのだろうな。というか、どうせ誰かとすぐに友達になって、友達に直してもらうだろう。
「おはようを言い忘れていたね!おはよ!」
白井は、はっとしたように挨拶をし直した。別に褒めているつもりでも、貶しているわけでもなく、挨拶くらいのつもりでいった軽口に付き合っていたら身が持たないのだと太一は思いだす。なんというか、肩から力が抜ける感覚を覚えて、大きくため息をついた。
「……まあいいか。あの列、並ぶ?」
あの列、と太一が言った目線の先を追うように白井が写真撮影列を一瞥する。桜、校門と入学式の看板とそれらに群がる新入生たち。その長い列をうげ、という顔で白井は見て、面倒という字を張り付けたような顔でこちらを見やると、並ばないという答えをだした。
「終わってからでいいでしょ~。早く、会場行こうよ。そういや、さっき何見てたのさ~?」
「ん。だよな。さっき?あ~桜…と桜がよく似合うイケメン?」
「へえ。見たかったな。イケメン。」
中学の時の友達と縁を切っただとか、泣きながら謝られたけど何も感じないものだね、だとか聞く人によっては爆弾のような話題を、さも他愛もない会話のように白井は話してくる。話がヒートアップしすぎない程度に相槌を打っていたら、会場についた。上級生が用意してくれたであろう会場は大きなヒーターが配置されていて思っていたよりは少し暖かいが、それでも足から冷えが来た。
先ほど見た、桜の似合うイケメン新入生らしき生徒の頭には桜の花びらがついていたのに気づいた。間抜けだなあ、と思うも自然と視線が離せない。
その男子生徒は隣の女生徒が話しかけられる。頭についた花びらを指摘され、そのまま彼女にとってもらっていた。よかったな。とか勝手に思ってしまった。
入学式が終わると、クラスに馴染むことに腐心した。なんと数年前までは宿泊付きのオリエンテーションもあったらしい。コミュニケーションを取るのには非常に有効だが、さすがに初対面同士で「お泊り会」は気まずすぎだったので、数年遅く生まれてよかったと心の底から思った。
部活はどうするだとか、授業が思ったより早いけど、クラスメイトがバカみたいに賢くて教えてもらえたりだとか、なんだかんだと過ごしていると、6月に入っていた。
6月は下旬になると、人権学習週間がある。これは高校3年間で男女差別や人種差別からバース差別まで様々な人権道徳に関する講義を受けるものだ。
今年はバース差別の第一人者の学者先生が呼ばれた。多目的ホールは一学年分約400名生徒で満ちる。太一は、人数ではない要因で息苦しく思えた。
「第二の性、オメガバースと呼ばれる現象は古今東西の文献より散見されていた。しかしながら、古い文献において平民階級での第二の性と呼ばれるものが見られた例は非常に少ない。当時は貴族などの特権者階級の特権であると考えられていた。
現代、身分制度が廃止された国々で元平民であるはずの血筋からもαやΩになる個体が増えていることを受け、学者たちは『食事に苦労することが減り、栄養が潤沢にとれることからホルモンバランスの安定によりαやΩという特徴を持つようになった』と考えている。
第二の性『α』や『Ω』と名がつけられたのは、動物の階級制度に基づいており、リーダーの個体をα、最下位の個体をΩと呼ぶことに由来する。この呼称がつけられた時が最も差別意識が顕著であったと言えるだろう」
第二の性、オメガバース。新人類-ホモサピエンス-の意味不明で必要性を感じられない神秘。
中学から断片的には知らされてきているため、誰もかれも、耳にタコができる!と思いながらうんざりした表情で聞いている。
「第二の性の必要性とは…必要?」
「議論は後…先生に怒られる」
同級生たちは、こそこそと話をしては先生たちにキュッとにらまれていた。
講義は大学のオメガバース研究の第一人者によって行われており、明日には今より暑いこと必至の体育館全校集会でまるっと一時間、バース差別被害者の講演がある。
太一は真剣な表情で聞くふりをしながら、手元では折り紙をしていた。後で講義内容のまとめみたいなのを書かされるのかな。それと、肩で寝てやがる隣の生徒をどうしてやろう。
キーンコーンカーンコーン
教授も慣れたものなのだろう、講義の終了とぴったりのタイミングで、チャイムが鳴り始める。
次の学年がこの多目的ホールで同じ講義を聞くとのことで、手早く開放される。
「うーーっんよく寝た。新鮮な空気うめぇー」
「寝てんじゃねぇよ。耳タコとはいえ」
教室に向かう友人達の中、ため息まじりに太一はつぶやく。
「第二の性って、なくてもよくね?なんであんだか」
どれだけ差別を無くそうと運動してくれていても、そんな話は、自身がオメガであることが少々みじめな気分にさせられる。
太一のつぶやきは友人たちの議論のネタとなって話が進んでいく。
「まぁ確かになー講義ではΩであろうがαであろうが、優劣などないっていうけどよー差別はあるしな」
「そうそう。それに、遺伝多様性に貢献するための機構ではないかとか言われてはいたけどさ、それも本当かな?」
遺伝的多様性のためと仮定すると、名家でαを生むために必死になって近親交配を繰り返していたせいでαが生まれなくなっただとか言うのが笑いものだよな。という言葉は飲み込む。
「まあ、ホモサピエンス以外でのオメガバース例は見られないから生物として不要ではあるよな。それはそうと、男の体格で子供って産めるもんなのか?」
「男のΩだと女性的な体つきになるとは聞かないよな…」
「あー赤ん坊、未熟児の状態で生まれるらしいぞ。骨盤そんなに開かないし。」
「マジか。んじゃあ、医療が発達してなかった時は…」
「死亡率高いだろうなーまぁ男のΩそのものが少ないしなー。着床率とかも変わるのかな」
話題は自分の手を完全に離れる。教室につくとやはり、まとめと感想を書かされる。その間も、友人たちはクラスメイトを巻き込みながら、バースについての話をしていた。
そんな話を聞きながら、太一は自身がΩであることでβの男性よりも幾分かの苦労をしなくてはいけないのかもしれないな、と何処か他人事のように感じていた。
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